いかつい笑顔


 年末なのに、仕事が片付かないまま12/30を迎えた。

 やっと一段落つけて、夕方から阪急六甲のふじ温泉へ。湯上がりは一杯やって帰りたいが、この時期、この周辺で営業している店は多くない。
 結局、駅近くの中規模居酒屋に入った。

 カウンターに座ってビールを頼み、おでんなどを食ったが、ホール係の若い女性がアイソもコイソもない。マユゲも剃っててややコワモテ系で、ブスッと黙って料理を置いてゆく。

 もちっと感じよくでけんか〜と横目でにらみつつ飲んでいたのだが、この年末の忙しいときに、彼女一人でホールを切り盛りしていることがだんだんとわかってきた。

 忘年会グループに対応しながら、酔っ払った個人客の「お茶ちょうだい」「水」「空いた皿さげて」などの収益外注文にも確実に応じている。愛想はないが、決してテキトーにはやっていない。団体客にオシボリや付き出しを配って帰る途中にも、俺に寄って「飲み物の追加はよろしいですか?」とぶっきらぼうに聞いてくれる。
 しかも俺が見た限り、多岐にわたるホール業務に追われながらも、彼女の仕事にはまったくミスがなかった。

 そうか。彼女は愛想がないんじゃなくて、愛想をする余裕がまったくなかったのだ。全神経を集中して、力の限り働いているのだ。ただ、動きがバタバタしてない独自リズムなのに加え、しゃべり方がモサッとしているので、忙しそうに見えないというキャラクターなのだった。
 いかつい顔して、結構やるじゃないか。

 そのことがわかって、急に彼女を応援したくなった。あがったゲソ焼きを取りに来れないのを見ておれず、かわりに俺が団体客に持って行く・・・となりそうなのを、なんとか我慢した。
 俺はウエイターのバイトを4年やったから、こういう状況を見ると血が騒いで仕方がない。

 とにかく、こういうときは気を利かせて早めに帰ろう。だが、帰るタイミングも重要だ。会計するには1〜2分は拘束されるので、注文やサービングが立て込んでいるときにはかえって迷惑になる。
 彼女の動きをチラチラ観察し、俺は最善のタイミングで「ごちそうさま」と立ち上がった。
 彼女はすぐに伝票をつかんでやって来た。

 レジで会計をする彼女に、俺は「一人でやってるんやね」と声をかけた。
 彼女は俺の声を聞きながらもよそ見をせずに計算し、合計が出てから「みんな帰省しちゃって」と答えた。
 俺が「がんばって」と言うと、彼女は無表情な顔を上げて俺の目をじっと見つめ、はじめて表情を崩して白い歯を見せた。

 帰路は冷たい夜空に星がまたたいていた。

 翌日の大晦日は部屋にこもって仕事をした。
 彼女のマユゲのないいかつい笑顔が、この年最後に出会った笑顔となったが、俺はなんとなくいい新年が迎えられそうな気がした。

(2005年12月の日誌より)

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