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本の情報----竹中恭子さんのレビュー
(育児情報サイト「ゆうちゃん」『月刊誌YOU』2001年12月に掲載)

タイトル「ぼくが父であるために」 松本康治 著
発行 春秋社
定価 1600円+税


 『妻との話し合いを経て、僕はすでに八か月前から仕事場で寝泊りするようになっていた。丘(著者のこどもの名)はいつのまにか僕の仕事場を「おとうさんの家」と呼ぶようになった。先に書いた「家」とは、妻が離婚後の生活を考えて購入したマンションのことだ。そこへは丘の入学式を控えた四か月前に転居した。
この八か月の間、僕は仕事場とマンションを行ったり来たりしながら、送り迎えや家事の担当分をこなしてきた。妻とはこれまで通りのチームワークでお互いの時間をやりくりし、休みの日には同様に家族で遊んだ。ただ、「近く離婚する」のがほぼ決まっていることだけが、それまでと異なっていた。』

 この文章のとおり、著者の松本氏はやがて離婚します。が、父である彼は少しも変わることなく、今までのように子どもの送り迎えをし、家族そろっての映画にも行き、旅行すらします。
 パパ役を放棄しないまま離婚する男性というのが実際に存在することは私も見聞きして何となく知ってはいました。でも、実際にこの本のように平然と語られるととてもあせります。家族って何だろう。親であることってどういうことなんだろう、と。

 『僕たちの場合、プライベートな問題に端を発する個人的な「きてる」状態は確かにあったが、それはすぐにふたりの間で問題の俎上に載せられ、解決方法が検討された。幸いなことに、僕たちはけんかをしたこともないし、「相手の顔を見るのもイヤ」というようなこともまったくなく、むしろ「きてる」状態を解消してふたりのよりよい関係を積極的に模索しようとした。その結果、選択肢としての離婚が浮上したのだった。』

 そう著者は書いています。そのとおり、離婚後も彼が家事育児を続けるという取り決めによって、日常生活の点でも離婚の妨げはたいだいなくなり、(それが妨げとなるケースのなんと多いことか!)ことはスムーズにすすんでいくのです。
 そこまで読んできて、で読者はもう一度最初の問に返って自問自答しなくてはなりません。家族って何だろう。親って何だろう、と。

 この本は、「子育て世代の父たちへ ひとはいかにして<父>になるか」を語った本です。
 「いのちジャーナル」の編集長である松本康冶氏はさいしょ、子どもがほしくありませんでした。それが長男丘くんの出現によって、どんどん変わっていきます。無理に変わるのではなく、ごく自然にでも大きな力で人間の父親というものに変貌していくのです。

 『保育所の送迎のわずかな距離でも、おでん屋のおばちゃん、毎朝お地蔵さんを掃除しているおばさん、果物屋のおじちゃん、白い犬と散歩するおばあちゃんなどとは毎日のように出会い、言葉をかわす。保育所の子どもたちも、どこ出会っても「あっ、丘ちゃんのお父さん」と声をかけてくれる。前は自分以外にそんな人が住んでいるのか、どんな街なのか、全然知らなかった』著者はいっきに知り合いが増え、『こんな人たちがこんなふうに生きている街に僕は住んでいることが』わかっていきます。『地元では僕を知っている人より丘を知っている人のほうがはるかに多い。こんなに人々に愛される「子ども」ってなんだろう。そして、自分の暮らしている場所でさえもどこかスカシてすれちがう「大人」ってなんだろう。』と、彼は考えるようになるのです。

 たくさんの松本家における日常生活のエピソード(赤ちゃんを迎えた暮らしと父としての喜びや驚き)が語られたあと、やがて震災があり、非常事態の中での家族の姿が淡々と語られます。どんなときに子どもは親を必要とするのか。子どもにとって、人生におけるその瞬間は、何が大切で何が重要ではないのか。親というのはそれを一瞬にして見分け、対応しなくてはならない存在なのだなあ、と私はここの描写を読んで思いました。

 言い方を変えれば婚姻制度や家族制度ではくくれない人間の真実の価値は、子どもという無垢な存在によって、生きていく上での一瞬一瞬、まったく明らかにされてしまうのです。この本の文章が不登校関連のミニコミ誌に連載されていた頃から「心を揺さぶられた」「何度も何度も読み返しています」「泣いてしまいました」などの反響があったのも、松本さんの書いた正直な父親体験と鋭い人間観察の描写が訴える力をもっていたからでしょう。

 彼はこの本で「ひとが父になったとき、なにを体験し、どんな事態に直面し、どんな感情を覚え、どう変化するのか、ということをできるだけ正確に知ってもらいたい考えました。」と言っています。その意味では、個人的な体験記でありながら普遍的なテーマに挑んだ本です。

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