看護婦たちの子育てさいろ社の本ホーム

『看護婦たちの子育て』
著者の藤岡和美さんが語る


封じ込めに風穴を開けるために
月刊いのちジャーナル 98年6月号より)

看護とは直接かかわりのないフリーライターが、子育てをしながら働く看護婦たちや院内保育所をこつこつ取材して、1冊の本にまとめた。 「これは看護婦の問題であって看護婦の問題ではない」と言う。 ではそれはどういう問題なのか? 著者の藤岡和美氏が語る。

子連れ看護婦たちと接して

 看護婦さんの仕事は拘束時間が長いですね。その上勉強会など業務以外のことが意外に多くて、追いまくられている感じ。外の世界を見る時間がないからか、看護婦さんは看護婦さんの世界で閉じちゃってる感じがする。
 私たちのほうも患者の立場でしか看護婦さんにふれないから、何か入り込めない特別な世界に見えてしまう。そこにはごく普通の暮らしや共通の悩みがあるのにね。

 子育て真っ最中は、毎日を送るのに精一杯で、自分からその辛さとか、割り切れない思いを周りに発信していけない時期でもあるでしょ。今一番たいへんさを感じている人の声が、一番メディアに乗りにくい。だから誰かが聞き書きしていかないと問題にされないし、解決もされない。で、その聞き書きを私がやろうと。

 本の冒頭に使わせていただいた手紙の中に、「私は浅はかな母親で、生まれたての赤ん坊も意思と感情をもった一人の人間であるということを考慮に入れていなかった」という告白がありました。
 出産、育児に万全の準備を整えたつもりで、いざフタを開けてみると、相手は人間、何と思い通りにゆかない厄介なものだと改めて思い知らされる。子どもによっては、よく病気をする子もいるし、成長のバラつきの幅も広い。それは個性の範囲なのに、仕事の枠に合わなくてすごく困ることもありますね。
 子どもっていろんな意味で予測不可能なもの。大人とは時間感覚も違うし、仕事場の論理は絶対に通じない。その論理を押しつけようとすると必ず無理が生じてきます。
 それに加えて女性は、家事などを任されているという役割を意識せざるをえない。でも看護婦さんは仕事場では専門職としてプロの論理を要求される。そのギャップが一番苦しいところだと思います。

看護婦社会の「日本的状況」

 看護婦というのは女性の仕事の代表格ですよね。働いてきた歴史が長いだけあって、古い体質が続いてきたと思うんです。最も「日本的状況」を抱えている世界というか。
 看護婦の立場が、何か女性に求められている役割と重なって見えてくるんです。経験が浅くても、体力があって身軽な若い独身ナースを雇いたがる病院の体質とか見ていると、病院や世間が看護婦さんに何を求めているか感じないではいられない。だからこそ看護婦の子育てを問うたんです。
 多かれ少なかれ、看護婦で言えることはほかの職場でも、形は違っても本質的には同じようことがありますね。「たいへんなお仕事」と言うときの持ち上げ方が、主婦は大変なんだというその持ち上げ方とすごく似ていませんか?

院内保育所の位置づけと役割

 院内保育所は必要なものだと思います。ただ置かれた立場が、働いてほしいからとりあえずつくったというご都合主義なんです。お金を出すところが厚生省にいったり労働省にいったり、看護婦の雇用促進ではお金が出ても、認可保育所とは別枠にされるとか。
 現場の保母さんたちは人間として一生懸命やってくれているんですが、病院とか政府の管理者が結局は子どもをモノのようにとらえて、とりあえず「預かるところは必要だ」的な安易な考えでできている。現場がどんなにがんばってもその壁は越えられない。

 それに対して認可保育所は、保育時間が短く、融通がきかない問題点はありますが、子どもを地域の中で継続的に育てていけるメリットがあります。
 親の職場に連れ歩いたのでは、子どもの地域社会は育ちにくい。ですから院内保育所は本当に子どもがちっちゃい間だけのものと割り切ったほうがいいかもしれません。それも病院任せにするのではなくて、保育の基準を決め、親も要望を出せるような形の制度として見直す必要があるでしょう。

新政策で何が変わる?

 昨年の児童福祉法改正で保育所の位置づけが変わり、子育て関連の何省か集まってつくったエンゼル・プランも数年前から動いています。けれどもこれらは「男女共同参画型社会」というスローガンとは別々に動いていて、はっきりしたビジョンに向かって動いているわけではないんですね。少子化をどうしよう、どうしようとウロウロしている。深刻な状況を切実には受け止めていませんね。
 たとえば、これまで保育に欠ける子どもを救うための行政処分だった措置制度がなくなって、親と保育所の契約形式になり保育所の選択制も導入されたんですが、窓口はやはり市町村なんです。選べと言われても、通える範囲に保育所がそんなにあるわけではないし、定員いっぱいの場合は市役所が優先順位を決めたり。
 結局、名目が変わっただけですね、今回は。今後何をするのか、どういう施設がどう増えるのかもまだわからない。
 でも子どもを持つ人にすれば、今すぐなんとかしてほしいんです。

良妻賢母はやめましょう

 女性が働こうと思っても、子育てもあるし家事もあるし、するとパートぐらいがちょうどいいかなということで、パートになる人が多いですね。看護婦さんもパートの割合が増えている。
 パートがいけないなんて全然思っていないんですけど、仕事も少しして、家のこともちゃんとやります的に生きることで、結局は男社会を支えるかたちになってしまっていることも事実。
 だから、あまりいい母親、いい子育てとか、そういう美化された姿に自分を合わせようとしないで、もっとむちゃくちゃやってもいいのでは。

 憤慨したり愚痴をこぼしたりすると、なんかちゃんとやらない人がグダグダ言っている的に非難されて、それが封じ込めになっている。そこに風穴を開けるためにも、それに直面した人は無理しないで正直に、自分は辛いとか、苦しいとか、これはおかしいとかいうことを、それこそ嫌われてもいいから言うとか。
 人間としてこれはおかしいと思うことをどんどん言う。私はちゃんと全部の家事もやりくりした上で仕事をやっていますというような、そんなばかばかしいことを当たり前みたいにしないで。女性だけが何役もやらされているということを、もっといろんな形で言ってほしいですね。
(聞き手・松本康治)

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