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ささがなる日記




Diary from Sasaganaru
by Yuko


私が住んでいるのは、東だいせんの笹ヶ平(ささがなる)というところ。
大山・烏ヶ山から伸びる尾根の上にあたります。
ひゅ〜るり〜、ひゅ〜るり〜ららぁ〜。



2009.12.21(月) ぶりざーど

マイナス5〜6度まで下がって地吹雪続きだったけれど、
今朝からやっと気温も上がって普通の雪に。
吹き飛んだところで約30〜40センチ、積もったところで約60センチ。

 東大山大橋で(トミコとツキコ)

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2009.12.18(金) 白い恋人

「あっハクチョウ!」
先日、鉄道利用で数日間留守をしての帰り道。
倉吉駅で待ち合わせたRちゃんがハンドルを握りながら叫びました。

それは一瞬だったけれど、
確かに私たちの頭の上を通り過ぎたのは、真っ白な2羽の白鳥でした。

口を開けてフロントガラス越しに見送った2人…。
そのあと続けて彼女は、
近くの天神川や田んぼでも群れを見つけたことを話してくれました。

「運転中によそ見したら危ないで」
助手席から年下の彼女にえらそうに言いつつも、
私はこの冬初めての出会いとなり、心の中でありがとうを言いました。
そして改めて、日々の生活の中で野生動物に出会える幸せを考えてみたり。

何時間も何日もかかってやっと出会える旅の感動はとても大きいけれど、
身近な出会いはもっと普通にちょこちょこと…
ちっちゃな感動の連続なのです。

 ミサゴ

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2009.12.8(火) 小春日和

亡父の残したマミちゃんです。
母が亡くなって13年、一人暮らしの父と散歩をともにしてくれていました。
私の元にきてもうすぐ二ヶ月、、。

病気のため目も耳も鼻も体も不自由になり、
ほんの短い散歩の途中でも立ち止まり眠り込んでしまうのだけれど、
こんな小春日和の日には、
やはり一瞬だけど小さくしっぽを振って小走りしようとします。
(もちろん足はいうことをきかないけれど)

私はそんな姿に感動を覚えつつも、
これから吹雪の冬…
そろそろマミちゃんにとって最後の散歩になるのではと思いつつ撮りました。

 部屋を目前に眠ってしまったマミちゃん

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2009.11.18(水) 大神山

湧き立つ雲をまとい、刻々と姿を変える大山です。


大山・槍ヶ峰 (16時15分、笹ヶ平より)

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2009.11.16(月) 氷の道

冷えた午後の一瞬を鏡ヶ成で。

まるで樹氷をまとったように
真白に並ぶ烏ヶ山(からすがせん)の木々たちと、
飛び交う冬鳥たちの群に感動…。

 
冬鳥と烏ヶ山 (15時30分、鏡ヶ成方面より撮影)

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2009.11.3(火・祝) 20a

朝から道路事情問い合わせの電話鳴りっぱなしでトイレも行けず。


時間に追われてあせってみても、
たとえスタッフ間・夫婦間の業務連絡がままならなくても、
店の前でスリップした人を助けることができなくても、
道行く人に理不尽な怒りをぶつけられても、
こちらが聞きたい立場の人から逆に質問攻めにあい続けても、
通行止めでも、遠回りでも、道に迷っても、遅れても、
ともかくお客様方は予定通り到着してくださり、
雪と車でごちゃごちゃの一日がなんとかブジに終了するという不思議。

(ブジでないのは…私のぷっつん頭だけ)

 午後1時45分

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2009.11.2(月) 初雪

夕方より一気に冷えて、バチバチと顔に痛い初雪に。

  17時10分、気温1℃

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2009.10.30(金) 王林

紅葉シーズンで仕事ばかりで過ぎる日々。

いつのまにか誕生日も過ぎてしまった私に、
信州から届いた青いりんごは、甘くてさわやかな香り。

 ありがとゆ‥

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2009.10.22(木) おかえり冬鳥

久しぶりに周囲の山々を見渡してみれば、
いつのまにか紅葉は進み、
ジョウビタキやカシラダカたちも到着してくれています。

 烏ヶ山と西鴨谷(東大山大橋より)

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2009.10.20(火) 父と家守(やもり)

「殺さんといてや」

父が亡くなる一週間ほど前のこと。
大阪の実家に看病に戻っていた私が二階の部屋にある母の仏壇の横に痩せたヤモリを見つけ、そのことを一階で寝ていた父に告げた時に、父がすかさず返した言葉だった。

「おとうさん、私が殺すはずないやん」
と、返すと続けて父はまた言った。

「あいつはな。夜はワシのベッドのそばにいて、昼間は二階に上がって、一階と二階を行ったり来たりして暮らしてるんや」

「ふうん…」
ベッドからほとんど動けなくなっていた父に、その日撮った二階のヤモリの写真を見せてあげると、とてもうれしそうにしていた。

その夜に入院となり、体調のおもわしくない日の続く中、家のヤモリの様子を報告したときだけ一瞬うれしそうに、でも少しさみしそうにしていた。

父が亡くなる前の夜。
数日ぶりに私が病院から荷物を取りに実家に戻り、玄関の扉を開けたとたん、痩せたヤモリは扉の前でまるで待っていたかのように外に飛び出してきた。
「出て行かないで」
私はとっさに心の中で思ったけれど、ヤモリは出ていってしまった。

父が亡くなり、痩せたヤモリもいなくなってしまった実家は、同じ小さな家のはずなのに、まるで火が消えたように静かになってしまった。

子どもの頃から様々な衝突があった父と私だったけれど、私の生き物好きは、まぎれもなく父の血だったということを改めて気づかされた最後の日々だった。

 大阪の実家で暮らしていたヤモリ(10/8撮影)

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2009.10.4(日) 山のお月見

大阪とささがなるを行ったりきたりの日々。

昨夜は中秋の名月でした。
大阪の夜はいつでも明るいけれど、
昨夜はささがなるも
大きなお月様がまぶしいほどに夜道を照らし続けてくれました。

 
東の山の端から昇りはじめた満月(17:50)

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2009.9.27(日) 秋の声

モズの高鳴きも本格的になり、
今日はコオロギたちも鳴き始めました。

 明日は栗ごはん (里山からのおめぐみの丹波栗)

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2009.9.24(木) ハデな遊び

久しぶりに髪を切りに倉吉まで。
道中の田んぼでは稲刈りも終わり、「ハデ架け」が始まっていました。
なつかしい・・・。

私の大阪での小学生時代(昭和40年代後半)は、まだあたり一面が田んぼで、
この時期はいつも学校から帰ると一目散に田んぼに飛んで行き、
このハデに架けてある稲ワラに体当たりしたり、
稲の刈り取り跡を一つずつ踏みしめて回ったりして日暮れまで延々と遊んでいた記憶。

翌日行くと、乱れた部分はまた美しく架け直してあり、
それが不思議でまたうれしくて再び遊んでいた…毎日毎日…。

今思えば農家の方にとっては大迷惑だったはずなのに、
ただの一度も叱られたことはなく、田んぼは私にとってただただ楽しい場所だった記憶。

太陽をたっぷり浴びた稲ワラのあたたかさと、
田んぼを作る人のあたたかさに守られて、
私は育てられていたんだなあとしみじみ思いつつ撮った写真です。

 今は子どもではなくイノシシが出入り…

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2009.9.23(水) 秋彼岸

人の波の満ち引きはほんとうにふしぎ…
と思いつつ、あれよあれよと大型連休の最終日。

今日は彼岸の中日だったこと、
夕暮れ時におはぎをいただいて気づきました。

 手作りの御萩 (いただきます…)

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2009.9.20(日) 存在の意味

お盆の頃から周辺をウロついていたはずの細いアオサギが
私の数日間の留守中に姿を消したと思っていたら、
今朝林のそばで大量の羽根が散乱しているのを見つけました。

やはりここで天敵の何者かに食された様子…。

ささがなるのアオサギは
本来いるはずのない場所に私たちが呼んでしまったのだけれど、
できる防除をしてもなおかつ細々と居残るものは、
すでにささがなるの生態系の輪の一員として、
最後はその命を見事に散らすというふしぎな存在になっていることに気づかされます。

そしてアオサギを食したその天敵もまた…
本来いるはずの生き物たちが減ってしまったがゆえに細々と生きながらも、
いっぽうで身勝手にも困りはてる私たちを助けてくれるという、
ささがなるにとってなくてはならない大切な存在であることに改めて気づかされます。

 蒼い羽根だけ残して昇天したアオサギ

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2009.9.19(土) すてきな道草

少し前になってしまうけれど、
先週鏡ヶ成(かがみがなる)に向かう途中、思わず車を停めて撮った写真です。

県道沿いにゴマナが満開…。

ゴマナは本州だけにみられる日本固有種で、
大山ではブナ帯の日当たりのよい道路沿いに咲く秋の代表的な野菊です。
一つひとつの花はとても小さいけれど、一気に密に咲くので真っ白に見えます。

ささがなるでも咲いているのだけれど、
ここではまるで道路にやさしく寄り添うように、そよそよと並んで咲き乱れておりました。
とても急いでいたけれどしみじみ眺めてしまいました。

この感動にも似た気持ちは過去に奄美大島を旅した時、
やはり車の中から道路沿いに垂れ下がるダチュラの花を見つけた時と同じもの。
あの時は、それが大好きな画家の描いた花だったから…。
画家は亡くなっても描いた花がその地で生き続けていることのうれしさをしみじみ味わった記憶。

それから15年前に初めて鏡ヶ成を訪れた時、
ワレモコウが雑草のように何気なく咲いているのを見つけた時と同じもの。
あの時は、母の命がもうすぐ消えるとわかっていた時だったから…。
細く風にゆれていたその花がとてもいとおしく思えた記憶。

今回は大阪に帰省する道中…。

旅先であっても、それが近くのいつもの道であっても、
その道にかかわる人たちのやさしい気持ちに出会えた瞬間に、
私の心に小さな幸せが訪れます。

 県道とゴマナ(9/8撮影)

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2009.9.1(火) 秋の風

萩の花が咲き、ススキの穂も出始めました。

ささがなる生まれのフクちゃんも15歳に。
一昨年に昇天した母犬(イチ)より長生きとなり、
今日も風にふかれながら、池の見回りを続けてくれています。


 材木置き場の穴で生まれました…(フク)

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