韓国ちょっとした旅ホーム
ちょんじゅ(全州)

李朝発祥の地



2007.6.27〜28日
(韓国・全羅北道)
 韓国の西部には、「全州」という町と「清州」という町がある。どっちもカタカナで書くと「チョンジュ」で、この発音を使い分けることは韓国ビギナーの日本人には難しい。

 ソウル南部バスターミナルで、俺は「全州」のほうのチョンジュ行きの切符を求めていた。
 俺は切符売り場のネエチャンに向かって、「チョンジュ」と10回近く繰り返した。だが俺のつたない発音ではどうしても判断できなかったらしく、イラついたネエチャンは「ここに書け!」と紙と鉛筆を差し出した。
 俺はいくぶんホッとしつつわかりやすく漢字で「全州」と書いたのだが、ネエチャンはその漢字が読めず、横にいた別のネエチャンにその紙を見せて聞いていたが、その同僚も首をひねっていた。

 韓国人は漢字を読めないという噂は本当だった! と俺はいたく感動したのだった。

 結局、ネエチャンが書いたハングル文字を俺が「そう、それ!」と指差すことでなんとか切符は無事購入した。そして8:30、発車寸前のバスに飛び乗った。


鎮安往復

 ソウルから2時間半で、バスはチョンジュ(全州)の高速バスターミナルに着いた。ターミナルは円形のふしぎな建物で、市街地からは2kmほど離れている。
 さて、まずは今夜の宿の確保だ。ターミナルから正面の大通りに出て周囲を見回すと、道路沿いに大きなモテルがある。でもなんかガサツな感じで今一つそそられない。
 右のほうを見たらセブンイレブンの看板があり、その上に「ぺくにょんじゃんよぐぁん」というハングルの看板が出ていた。ヨグァンってたしか旅館のことよね。ここはこじんまりした感じで、いいかも。
 セブンイレブン横の階段を上がると、診療所の窓口のような旅館の受付があった。そこで「アンニョンハセヨ〜」と叫ぶと、しばらくして50代の痩せたオバチャンが出てきた。
 「空き部屋ありますか」
 「あるよ。オンドルがいい?」
 「オンドルじゃなくてベッドルームをお願いします。いくらですか?」
 「2万ウォン」(約2600円)
 ということなので、ここにした。時間はまだ午前11時半だったが、韓国ではこんな時間でも問題なくチェックインできるようだ。ありがたいなぁ。

 ぺくにょんじゃんよぐぁんの部屋、シンプルでよし

 部屋に荷物を置いて、またターミナルへ戻る。
 チョンジュへ来た第一の目的は、マイ山(馬耳山)に登ることだ。マイ山へ行くには、ここからさらにチナン(鎮安)という町へ移動しなければならないが、ターミナルで聞くと、チナン行きのバスはこのターミナルではなく、「市外バスターミナル」から出ているという。
 市外バスターミナルは、高速バスタ−ミナルから500メートルほど離れた場所にあった。

 12時発のバスに乗り、50分でチナン着。チナンは山間の小さな田舎町だが、町の中心を貫く道路沿いには、そこそこ賑やかに看板が出ている。
 チナンターミナルの切符売りのネエチャンは愛想が悪い。30分ほど待って、さらにマイ山行きのバスに乗った。マイ山レポートはこちら

 鎮安(ちなん)の町

 マイ山とタプサ(塔寺)で2時間ほど遊んでチナンに戻り、15:40のバスでチョンジュに戻った。


豊南門

 チョンジュに着いたのは16:20、まだまだ明るい。ガイドブックによるとこの町は李朝発祥の地だそうで、昔ながらの旧市街が残っているという。で、そのへんを散策することにした。

 中心市街地や旧市街はターミナルから3〜4km離れているので、またもやバス。そっち方面行きのバスが走っている大通りまで歩き、バス停を見つけたが、どれに乗ればいいのかさっぱりわからない。
 バス停に群がっていたおばちゃんたちに「プンナンムン、オディソタヨ?(豊南門、どこから乗りますか)」と声をかけてガイドブックの写真を見せら、彼女らは「この日本人が豊南門に行きたいと行っている、たしか〇番か〇番のバスよね、あんた案内してあげなはれ」みたいな感じで盛り上がっている。
 バスがやって来ると、「カチ(いっしょに)」と言って何人かのおばちゃんが俺をエスコートしてそのバスに乗り込み、空いている座席に座らせてくれた。途中のバス停で順次下りてゆくおばちゃんたちは、「次の次だからね〜」みたいなことを口々に言いながら俺に目くばせして下りてゆく。
 やがてあるバス停が近づくと、後ろにいたおばちゃんが「次で下りて、さっき過ぎた道を右へまっすぐ行けば見えてくるから」みたいなことを念押しするように言い、俺にバスを降りるよう指示した。
 俺は「こまぷすむにだ〜、かんさはむにだ〜」を繰り返すだけ。

 おばちゃんに教えられたとおりに行くと、見えてきました豊南門。かつてこういった城門がチョンジュの東西南北4ヶ所にあったが、残っているのはこれだけで、しかも16世紀末に火災で焼失したのを復元したものらしい。ソウルの南大門に似た感じだ。

 
(左)豊南門(ぷんなんむん)、南向きに半円状の石壁を巡らしている   (右)きめ細かな装飾

 
(左)門の下の豪華彩色   (右)門の内側、高校生カップルの距離感が儒教的

 石壁の上から南の通りを見る

 豊南門から、南へ延びる賑やかな道を歩くと、狭いアーケードのセマウル市場がある。
 西へ歩くと、チョンジュ川にかかる橋の歩道上にズラーッと露店が並び、橋のたもとから土手沿いに南部市場が続いている。
 韓国の市場はどこも粗末な屋台の集合体だが、日本の空洞化した商店街とは対照的に、人と商品が溢れかえっている。60年代の日本の市場のようだ。

 橋の上の露店

 
(左)南部市場(なんぶしじゃん)   (右)くだもの豊富

 南部市場を端まで歩いてみたが、まったくこれだけ大量の野菜や魚や果物をどうやってさばくのかと思うほど、品数も種類も豊富だ。


伝統家屋群

 チョンジュ中心部を南北に貫くパルダルロ(八達路)を東側に渡ると、昔ながらの伝統家屋(韓屋)が残る地域になる。

 
(左)さむうぉんはんやっばん・・・?   (右)「三源韓薬房」・・・漢方薬屋さんね。「大韓哲学院」ともある

 
(左)伝統家屋が増えてきた   (右)伝統家屋の新築

 伝統地区の内部に入り込むに従い、道は狭く、鉤型に曲がりくねってくる。煉瓦塀と白壁、瓦の重量感のある家並みが美しい。日本の古いまちなみとはまったく異なる。やっぱ大陸だな。
 似てないけど、なぜかちょっと竹富島を思い出した。

 
(左)れんが塀の美しい住宅地   (右)狭いクランクが迷路状に続く

 
(左)のんびり歩く住民   (右)味わい深い瓦屋根

 
(左)こんな袋小路があちこちにある   (右)かなりくたびれた家


キムチクッパ

 やがて伝統地区を抜け、普通の市街地になった。しばらく北へ歩いてから西へ方向を変えると、また八達路に出た。このあたりは豊南門周辺よりもずいぶん賑やかで、若者の姿も多く、中心商業地の活況を呈している。
 そのまま西へ歩くと家電小売店街、その北側は機械部品問屋街、さらに北へ歩くと飲食店街になった。通りによって業種がきっちり分かれているようだ。

 腹が減ったので飲食店街を物色し、安そうな「オウォンチッ」という店に入った。若い客が多く、よく流行っている。鍋物と豚肉料理が中心のようだ。
 メニューを見たけどわからない。唯一読めたキムチクッパとビールを注文した。クッパといえばおかゆかと思っていたが、このあたりではご飯とスープは別々に出てくるようだ。
 キムチだから辛いであろうことは覚悟していたが、そのスープがもう辛いの辛くないのってアンタ・・・。

 
(左)入った店、「おうぉん家」?   (右)チムチクッパ、怒涛の発汗

 ビールをどんどん飲みながら真っ赤なクッパを必死に食べていると、店のおばちゃんが側に来て、にっこり微笑みながら「メウォ(辛い)?」と聞く。俺は「あまりにも辛い。汗がベタベタです」と答えた。
 するとおばちゃんは俺の側を離れ、しばらくして戻ってきて目の前に皿をドンと置いてこう言った。
 「キムチ」
 俺が目を白黒させていると、さらに別の皿を置いた。白ご飯の追加と、韓国ノリ、ざっと30枚ほど。クッパで無理せず、このノリとキムチで飯を食え、ということらしい。
 こういった追加や付き出しが全部無料なのが韓国料理の嬉しいところではあるが、しかし「辛い」と言ってるのにまだキムチが出てくるあたりが恐ろしい。
 しかし俺は根性で、キムチクッパ・ご飯2膳・キムチ2盛・ノリ約30枚を全部食べた。値段は忘れたけど、思ったとおり安かった。

 店を出て、旅館まで歩いて戻る。
 戻る途中、車庫か倉庫のようなコンクリ建物がゴミ溜めになっているところを通った。こういうのも今や日本ではあまり見られないが、俺が子どもの頃にはあったよなあ。

 ゴミ倉庫

 旅館に戻ったのは19:30。ようやくあたりに夕闇が迫ってきた。

 翌朝のチェックアウト時に、受付の前に名刺の束が置かれているのに気づいた。見ると、「百年荘旅館」と漢字で書いてある。そうか、「ぺくにょんじゃん」は「ひゃくねんそう」だったのね。

 高速バスターミナルから9:40発テジョン(大田)行きのバスに乗り、チョンジュを離れた。
 (全州編END 07.11.10)

【後日談】

 大阪の韓国料理屋でピビンバ定食を食いながら、その店の主人(43歳、来日4年目)にソウル南部バスターミナルでの顛末を話してみた。すると、
 「韓国では小学校では漢字を教えなくなったけど、中学校から教えている。高校を出た人なら、書けなくてもそれくらいは普通に読めるはずだし、1000字以上知らないと大学には入れない。そのネエチャンたちは馬鹿ね」
 とのことだった。
 そして店主は両都市のハングルのつづりとともに全州・清州と漢字で書かれたが、俺よりはるかに達筆だった。
 もちろん、両都市の発音の違いもしっかり教えてもらった。あ〜、これですっきりした。もう完璧。さあこいチョンジュ!
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