チープ&ディープな男の旅路

奈良

---路地裏に日が暮れて---

(2003.7.11〜12)

後編(2日目)です。 前編はこちら

【後編(2日目)
地下劇場---『沙羅双樹』を観る
雨に濡れて二人---二月堂裏参道かいわい

地下劇場---『沙羅双樹』を観る

 「マツモトさぁーん」
 聴覚がざっくばらんな声を感知し、深昏睡からレム睡眠へ・・・。
 「何時に出てくれはんのーん?」

 一瞬にして目が覚めた。
 「はははい、いま何時ですか!」
 「10時やけどぉ〜」
 「はいすぐ出ますー!」
 新田旅館のおかみが廊下から叫んでいるのだ。
 「領収書の名前は松本さんでええのん〜?」
 「はいあのえっとー・・・」

 深夜に目覚めたら猛烈に雨が降っていた。そのせいかなんとなく目が冴えてしまい、本を読んでから明け方近くに再び寝た。そのままチェックアウトの時間まで寝入ってしまったようだ。

 おかみは今朝方、この宿があちこち雨漏りするため、バケツを10個くらい持って走り回ったそうだ。玄関先にバケツがいくつも積み重ねられていた。
 古い木造建築が雨漏りするのはまあ仕方ない。おかみもご苦労だった。
 しかしそれにしても、寝ている客に向かって廊下から「何時に出てくれはんのーん?」とは、チャンピオンクラスの率直さだ。まさに京都の「お茶漬けでも・・・」の対極にある接客と言えるだろう。

 まあ、おかみには悪気の片鱗もなさそうだから、そう悪印象はない。
 映画は10時半からだし、顔を洗って早々においとますることにする。

 古い街並みを抜け、コンビニで菓子パンと缶コーヒーを買って、東向き通りへ。
 「沙羅双樹」は、この通りにある地下劇場というところで上映されているらしい。
 地下劇場とは渋い名だ。なにやら怪しい期待感を抱かせる。
 それで夕べ「樹樹」のママに、地下劇場とはどこの地下なのかと尋ねた。すると答えはこうだった。

 「マクドナルドの地下。プッ」

 ママは言いながら自分で小さく吹いた。自嘲のプッ。奈良市民の気持ちを代弁しているような気がしないでもない。

 地下劇場はすぐに見つかった。「沙羅双樹」を観た。
 ファンタジーかと思わせる導入からドキュメンタリーみたいになり、いつしか古典的ホームドラマみたいにもなって・・・ラストはコレかい。ウーム。もうちょっと事件を期待したんだが。
 監督の河瀬直美自身が重要な役どころで出演しているのだが、それも含めて、彼女のもがきのようなものが感じられる。現実と非現実が混在するような奈良町の不思議な雰囲気を描きたかったんだろうけど、見ようによっては奈良町PR映画のようにも見えてしまう。
 でも演出や映像の美学はさすがに一本筋が通っている。それと主役の高校生カップルの自然な演技も二重マル。
 この監督は素人を活かすのがうまい。でもそのぶん、せっかくの樋口可南子が浮いてしまった。

 まあそれとは別に、昨日さんざん歩き回った道が映画の物語中にたくさん出てくるのは、ちょっと不思議な感じがした。

  映画の中で主人公たちが何度か走った路地

 さてと。映画はすんだ。
 約束の時間だ。はたして美女は来るのか---。



 雨に濡れて二人---二月堂裏参道かいわい

 細かい雨がポツポツと降ったりやんだりの、あいにくの空模様となった。
 待ち合わせは猿沢池のほとり。
 
  雨のそぼ降る猿沢池

 そして、彼女は・・・やってきた。
 白い傘、黒っぽいブラウス。短いスカートにローヒール。今どきめずらしい黒髪を後ろに束ねている。背が高く、スタイルがエエのでかなり目立つ。

 とりあえずお昼時なので、奈良町に新しくできた和食の店で上品な弁当を食った。
 夕べは酔っ払っていたし隣に座ったのでナナメ横顔しか見ていなかったが、あらためて正面から向き合うと、思っていた以上の本格的美形で驚いた。なはは〜。

 しかしそれにしても、週末の夜に一人で呑みに来て、たまたまいた旅の小汚い不精ヒゲ男の案内を買って出る美女なんて、まるで寅さんの世界だ。酔狂に過ぎる。きっとイロイロなタイミングが作用したに違いない。

 めしを食ったら、雨があがっていた。さっそく歩き出す。
 彼女(K子さんと呼ぼう)は、「奈良公園は私の庭」と言う。彼女に任せてついてゆく。
 春日大社の参道を通ってゆく。ここには巨木が多い。

  こんな見なれない木もあった

 国立博物館をちょっと覗き、氷室神社の西側から戒壇院、そして東大寺の裏手(北側)へ。
 雨がまた降り出した。このあたりは人気も少なく、静かでとても清々しい。講堂跡の草原では鹿たちが濡れながら草を食んでいる。
 K子さんは、それぞれの建物についてや、池のほとりのイチョウの大木が秋にはどんなふうになるかなどを、静かに説明してくれる。ゴージャスな見かけに似合わず、地味な風物になかなか詳しい。だが静かにポツポツ話すので、ちっとも押し付けがましくない。名案内人である。
 二月堂へ向かう頃は、いっそう雨脚が強まってきた。

  二月堂裏参道

 「二月堂のオミズトリ」という言葉はテレビニュースで毎年聞くが、訪れるのは初めてかも。けっこうな高台にあり、奈良の街を一望することができる。
 K子さんはそこから見える寺社の屋根の形について、静かに解説してくれる。
 (このあたり以後、なぜかデジカメの調子が悪かったようで写真が撮れていない)

 隣の三月堂には、この旅初めての拝観料500円を支払って中に入った。狭い空間に16体の巨大な仏像群が並んでいるのは圧巻だ。
 鬼を踏みつけ、恐ろしい形相をした仏像が立ち並ぶ薄暗いお堂の中から、ざんざか降りの外の雨を眺めるのは不思議な感覚だった。静と動の倒錯だ。

 ついでに向かいの小さな四月堂にも入り、ちょっと変わった小さめの仏さんを拝んで外へ出ると、雨は再び止んでいた。
 大鐘楼を通り、東大寺正面から再び国立博物館、興福寺と通って、猿沢池に戻ってきた。

 なんとなく腹が減ったので、5時前でも開いていた小さなスナックのような店に入り、K子さんといろいろ語らった。
 御仏の非日常世界に浸った後の現実娑婆世界の話には、また格別な趣がある。

 7時前に店を出た。県庁所在地シリーズ第1弾・奈良の旅ももう終わりである。
 K子さんは近鉄奈良駅まで送ってくれた。
 後ろ髪チト引かれるのぉ。
 いにしえの奈良の都にひっそりと咲く美しきK子さんに幸多からんことを祈る。

  (おしまい)

      この日の万歩計・・・15246歩(約10.7km)
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