ちょっとした旅ホーム
ティオマン島への旅

息子と楽園



2007.3.26〜4.2
(台湾〜シンガポール〜マレーシア)
なぜティオマン?
1日目◆名古屋から台北
2日目◆台北からシンガポール
 (以上このページ)
→3日目◆シンガポールからティオマン島

→4日目◆ティオマン島・二パー滞在
→5日目◆ティオマン島・引き続き二パー滞在
→6日目◆ティオマン島からジョホール・バル 
→7日目◆ジョホールバルからシンガポール、そして台北 
→8日目◆帰国 
なぜティオマン?

 息子の丘(中1が終わった春休み)と2人で、マレーシアのティオマン島へ行くことにした。

 悲惨としか言いようがない英語成績に苦しむ丘のために、英語学習の動機付けとしての海外旅行を考えた。近場で英語圏といえばハワイ、グアム、フィリピン、シンガポール、マレーシアといったところ。その中で旅費・物価・治安などを勘案した結果、マレーシアを選択した。
 マレーシアは英語ネイティブでないところもいい。英語を学習する人はネイティブにこだわるが、実際にはネイティブ英語は早口だし流暢過ぎて聞き取りにくい。だが生活上の必要から第二言語として英語を使っている人たちの英語はカタカナ的で聞き取りやすいし、こっちがヘタでも面倒がられない。「通じる喜び」という異文化交流の第一歩を確認できる。

 で、俺としても6年ぶりの海外旅行。そういや6年前の旅行もマレーシアだったけど。

 さて、マレーシアといっても広い。首都のクアラルンプールにいても暑いだけだし、かといってペナンやランカウイといった有名リゾートも芸がない。どこかいいところはないかと調べたところ、ティオマン島というところが俄然気になった。「ドラゴンの耳」と呼ばれる強烈なふしぎ山がある。俺はこういうのを見ると気になって寝られない。ドラゴンもののSFにハマっている丘にもちょうどええじゃないか。
 しかもこの島は、欧米人には人気があるらしいが日本ではマイナーで、リゾート開発もさして進んでいないようだ。・・・決まりだな。
1日目◆名古屋から台北

 準備期間が短かったため、気がついたら大阪からマレーシア・シンガポール方面へ飛ぶ安い飛行機チケットはすべて売り切れだった。仕方がないので中部国際空港から台北経由シンガポール行きの飛行機を取った。セントレアだって、ははは。

 出発の朝は、まりも(9歳)もキャンプに出かけることになっていた。
 そこで、まずは朝10時に大阪駅で彼女をキャンプの引率者に引き渡してから、そのまま丘と新幹線で名古屋へ行き、名鉄に乗り換えてセントレアへと移動し、午後1時の飛行機にギリギリ間に合った。
 飛行機は台湾エバー航空のハローキティちゃんジェット。



 午後3時、台湾の桃園国際空港着。どんより雲って蒸し暑い。さっそくTシャツ1枚になった。
 空港バスに1時間ちょっと乗って台北へ。窓からの景色は古ぼけたビルが目立つ。
 台北駅で降りると、そこはスクーター王国だった。信号が青に変わったとたん、無数の原付バイクが雲霞のごとくに道路を埋め、その嵐が過ぎ去ったあとに車たちが進む。壮観だ。

 台北駅、うしろのビルは三越

 20分ほど歩いて、あらかじめネットで予約しておいた中心街の大欣大飯店というホテルに入った。行き帰りに中継で1泊ずつする台北だけ、念のために宿を予約しておいたのだ。このホテルには日本語のできるおばさんがいる。ツイン6800円くらい。

 荷物を置いて休憩したらもう日が暮れてきた。夕食に出たが、台湾は寝るだけのつもりでカネを少ししか両替しなかったので、安そうな店を探す。
 丘は麺類を食いたいと言うので、屋台に毛の生えたようなチープな店で「麺」という字のあるものを頼んだら、米でできた弾力のない麺だった。しかも少量。ほかにイカフェみたいなのを食った。
 その店を出てから、道端でキナコ餅みたいなのを売ってるじいさんがいたのでそれを買って食べ、さらにコンビニでビールなどを買ってホテルに戻った。グルメの本場もくそもない。

 丘は9時には爆睡しはじめたが、そのあと大欣大飯店の館内にはしばらく女性のアエギ声が響き渡った。台湾の安ホテルはほとんどラブホ兼用のようだ。といっても、今回の旅ではここが最高級だったのだが。
 ともかく子連れの方は早寝させるべし。
2日目◆台北からシンガポール

 翌朝の飛行機は7:40分だったので、5時に起きて空港バスに乗らねばならなかった。

 未明の台北、空港バスが来るのを待つ

 空港内の食堂で中華朝食を食ってから搭乗。機内でまたもや朝食が出たのでそれも食った。
 丘は、座席前についている画面でひたすらテトリスをやっている。俺は英語番組を視聴してヒアリングの練習をした。

 12:00、シンガポールのチャンギ空港に到着。飛行機から出るや、台湾よりさらに蒸し暑い。さすがは熱帯雨林気候だ。
 冷房の効いた電車に乗って中心部へ向かった。乗客は中国系が多いが、窓からの景色が台湾とはまったく違う。住宅地は整然としており、街路の並木は美しく、ケバケバしい看板などがほとんど見当たらない。アジアという感じではない。

 ラベンダーストリートで下車した。電車を出ると、ガツンと蒸し暑い。
 その中を15分ほど歩いて、まずは「伍星旅遊(Five sters tours)」というバス会社を探す。その会社が、ティオマン島に近いマレーシアのメルシンという町へのバスを走らせているっちゅーことなので。

 街角のモスク

 海の近くでひときわ目立つゴールデン・マイル・コンプレックスという巨大ビルの1階に伍星旅遊はあった。
 受付のねーちゃんは20歳くらいの色白の中国系だが、猛烈な早口のネイティブ英語で、聞き取るのに必死だ。翌朝のきっぷを確保したけど、6時集合・・・また早起きか。

 さて、次は今夜の宿探し。ブギスのあたりに安宿があるらしいので、そっち方面へ。
 アラブ人街を抜けていくとサルタン・モスクが現れたので、入ってみた。靴を脱ぎ、入口で名前やら何やら書かされたが、ホテル名も書けという。「I have no reservation」と言うと非常にいぶかしがられ、しばらく仲間と協議していたが、知らぬ顔で入る。

 
(左)アラブ人街   (右)サルタン・モスク

 
(左)内部。おだやかな空気が支配する空間   (右)めいめい勝手に祈っているが・・・

 
(左)熟睡している人もいる   (右)サルタン・モスク正面の参道。ミヤゲ物屋が並ぶ

 モスク内はエアコンもないのに、とても涼しい。この静かな空間で、丘といっしょに階段に腰かけてしばらく休憩してから外へ出た。
 さらにブギスへ向かう途中、ふしぎなビルを発見した。

 
(左)だまし絵のような・・・どっちのビルが手前でしょう?   (右)答え:左が手前でした

 
(左)別角度から見るとこうなっている   (右)角度によってはカッターナイフ化する

 さて、このあたりがブギスかな。なんか人がやたらと多いところだ。とりあえず一番近くの安宿「ブギス・バックパッカーズ」を探す。
 それはビルの2階にあった。ツインの部屋を見せてもらうと窓もない狭い部屋だが、なんと62ドルもするという。5000円近いじゃねえか! でももう暑くて休みたかったし、エアコンもあるのでそこに決めた。シンガポールの物価の高さは予想以上だ。

 荷物を解いてちょっと休憩してから、夕食を食いにイトル・インディアへ向かう。
 ブギスから15分くらい歩くとリトル・インディアの中心街、セラングーン通りに出た。道行く人の9割はインド系だ。
 道の向かいにヒンズー寺院が登場した。これだな、スリ・ヴィラマカリアマン寺院。さっそく覗いてみる。

 
(左)セラングーン通り   (右)スリ・ヴィラマカリアマン寺院

 
(左)この屋根がもう・・・   (右)入口

 内部は大勢のインド人たちが押すな押すなの状態だ。勝手に入っている白人観光客もいるので、俺も靴を脱いで入ってみた。丘ははじめて見る黒い人間たちの大群に圧倒されたのか、表情を失っている。「一緒に入ろうや」とさそっても動かないので、彼を入口に置いて俺だけ入った。
 中では、インド人(女性が多い)が2列に並んで少しずつ行ったり来たりしており、一番奥では僧が仏像のようなものの頭から真っ白なミルク状の液体をぶっかけている。異様な音楽と祈りがうるさく満ちていて、さっきのモスクとは対極にある混沌とした空間だ。

 正面奥の像にミルク状の液体が何度もかけられる

 しばらく見てから外へ出ると、丘がそこに突っ立ったまま「ハラ減った」とつぶやいている。そこで、近くにあったオープン席式のインド料理店へ。
 ギョロ目のインド人店員が薦める「マイルドな辛さ」の鳥料理とカレーとナンを注文した・・・が、鳥料理は神経がおかしくなるほど辛かった。滝のように汗が流れ、俺はビールがぶ飲み。丘も、店員の薦めたヨーグルトドリンクだけでは足りず、スプライトをがぶ飲みしていた。

 食後さらに北東へ歩くと、また別のヒンズー寺院があった。地図によると、スリ・スリニバサ・ペルマル寺院。こちらはさっきの寺院のように特別な行事は行なわれておらず、静かで内部も開放的だ。ここは丘も一緒に入った。

 
(左)さっきの寺院と同じような屋根   (右)中央は人間の顔だが端のほうは動物化する

 
(左)おさるの神様   (右)ゾウの神様

 
(左)ポンキッキやないっちゅーの   (右)寺院内部

 ガイドブックによると、この近くにやたらと派手な大仏のある仏教寺院があるというので行ってみたが、閉まっていた。時計を見ると夕方の5時を過ぎている。残念だ。

 
(左)道教寺院の龍山寺   (右)大仏があるという千燈寺院の棟続きの建物だが・・・

 
(左)仏教をバカにしておるのか?   (右)このヒョウもアホ丸出しではないか

 狛犬も胸に何をつけておるのだ

 夕方とはいえ、まだ明るい。せっかくだから「世界3大ガッカリ」の一つでも見に行くか、ということで、ファーラーパークから地下鉄に乗ってラッフルズ・プレイスへ向かった。

 地下鉄車内。中央に握り棒がある

 ラッフルズ・プレイスで地上に出るや、シンガポール川の河口に沿って林立する高層ビル群に圧倒される。

 
(左)見上げきれない   (右)だいぶ離れてやっと全体がカメラに収まる

 川の対岸。ビル群と、赤屋根の低層住宅

 大きな道路を渡って海ぎわに出ると、見えてきましたマーライオン。

 
(左)背中を向けてるのが本物   (右)横から

 
(左)正面にまわると背後のビル群がすごい   (右)顔アップ

 2組の中国系グループに連続でシャッター押しを頼まれた。ここに来るのは日本人が多いのかなと思ったが、周囲は若い中国系の少人数グループがほとんどで、日本人らしき人は全然見かけなかった。

 川の対岸に渡ったりしながら駅のほうへ戻る途中、夕陽が沈み始めた。熱帯の夕陽は強烈だ。

 
(左)沈む夕陽   (右)高級ホテル、ザ・フラトン・シンガポール

 
(左)飛び込む子ども、銅製   (右)川岸に雰囲気のいい出店がズラーっと並ぶ

 夕暮れの岸辺に、白人カップルの姿が目立つ。白髪の老夫婦もいる。絵になる風景だ。

 イギリス人はこの熱帯の島をアジア貿易の拠点とし、近代都市に作り上げた。独立国家となり経済的成功をおさめたのちも、観光客を引きつける魅力のベースになっているのは、やはり植民地時代からの「古き良き」コロニアルな風情のようだ。

 俺が住む神戸という街も、異人館街や旧居留地、ハーバーランドなどの異国情緒がウリなわけだが、ここに比べりゃ屁みたいなもんだ。それがなぜなのかがよくわかった。本物の植民地にはかないっこないわけね。
 シンガポールの現在の繁栄の裏には、植民地としての苦い歴史がある。それがある種の厚みとなって、この一見ビルだらけで経済オンリーにも見える国を背後からオーラのように覆っている。深みが違うのだ。

 川岸のしゃれた店でのんびりビールでも飲みたかったが、相手が丘ではそうもいかない。
 地下鉄に乗ってブギスに戻り、コンビニでパンやビールなどを買って狭い部屋へ入る。シャワーを浴びたら丘はすぐに寝てしまった。
 俺はなかなか寝られずに、何度かビールを買い足しに出ては、宿の狭い廊下で本を読んで過ごした。
3日目・・・マレーシア・ティオマン島へGO!→
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