ちぎれそうなところ
脇岬(わきみさき)(長崎市) 2010.1.6
東シナ海に突き出した長崎半島。
その先端の野母崎のすぐ隣に、なにやらトンボロらしき地形あり。

 
(左)脇岬の位置(赤印)     (右)長崎半島拡大(赤印が脇岬)

長崎半島とその南にある樺島の間に、小島が2つほど挟まっている。
その途中の小島までスーッと砂州が伸びて、そこが港町になっておるではないか。
 拡大してみよう。

 赤印は「脇岬」バス停

 地図によると、九州本土から伸びた砂州は「祇園山」という51mの山がある島とつながってトンボロを形成しているようだ。砂州上にはしっかりと集落が乗り、郵便局、寺院、交番、漁港などがある。まさしくトンボロの町やおまへんか。
 そしてトンボロを貫く道路は祇園山をかすめてさらに伸び、中島を経由して樺島まで橋でつながっている。

 それはいいけど、形がなにかちょっと変ね。
 砂州が祇園山にくっつく手前、地図上の赤点(脇岬バス停)から右にむかって長方形の突出がある。漁港の岸壁が整備されて角ばっているが、緑色の等高線や岩礁が見えることからも埋立地ではなさげ。別の地図によるとこの部分にある小さな丘は「弁天山」というらしい。かつては右の海上にある岩礁「平瀬」の一部だったのだろう。

 つまりこのトンボロは祇園山だけでなく、弁天山ともドッキングしたY字トンボロらしい。若狭の事代トンボロと同じだな。
 いや、これはY字というより、祇園山へのトンボロ本線からほぼ直角で真横に突出しているからT字トンボロというほうが正確かもしれない。ちょっと珍しいのではないか。

 ま、Y字だろうがT字だろうが俺以外の全人間にとっちゃどうでもいいことなんだけどね毎度のことながら、はっはっは。
トンボロ東側に2つの漁港
 ちゅーわけで正月開けの6日だよ、このクソ寒いのにこんなとこで俺様なにやってんの?

 と一人ニヤつきながら長崎からバスに乗って約1時間、まずは何を思ってか長崎半島先端の野母崎に行き、強風の中を権現山に登ってヘトヘトになってから樺島行きバスに乗って脇岬へ。
 野母崎から脇岬へは2kmほどなので、すぐに着いてしまう。

 僻地のバス路線はどこもそうだが、このバスも乗客はほとんどいない。脇岬バス停で降りたのはもちろん俺一人。
 いきなり目の前が漁港だった。
 このトンボロは東シナ海と天草灘を分けており、港は東側の天草灘側にある。このささやかな砂州が西からの波浪を防いでくれているのね。

 先の地図でいうと中央の赤印がバス停で、右へ突出した弁天山トンボロの付け根にあたる。

 
(左)バス停前の漁港、背後の山は長崎半島   (右)漁協(右ビル)とごまどうふ屋(左の茶色い建物)

 バス停の少し先、樺島へ続く道路の正面に小高い丘がある。これが弁天山だな(右上写真の左隅に見える森のあたり)。
 道はその手前で右へU字にカーブし、祇園山方面へ向かう。その曲がったところに漁協などがある。
 漁協の脇に再び漁港が現れる。これは弁天山トンボロの南側、祇園山との間にある湾だ。

 左端の漁協の背後に弁天山が見える

 ようするにこの漁港は弁天山トンボロによって南北に分かれているわけね。そしてT字の結節点に漁協があるということは、ここが漁業集落としての脇岬の中心点でもあるわけか。

 右を見ると、祇園山と、その先に赤い橋でつながる中島が一望できる。


中央が祇園山、左の赤い橋の先が中島
トンボロ内部と西岸

 トンボロの集落内に足を踏み入れてみよう。
 でもここは祇園山へのトンボロ本線と弁天山トンボロが合体しているから、普通のトンボロのように1本か2本の道が平行に走っているわけではなくて、ちょっとややこしい。
 今これを書いているのは実際に行ったときから1年半以上も経過しているので、どの写真がどこなのか定かではないのよごめんちゃい。

 
(左)これはたぶん弁天山トンボロ中央へ伸びる道かな?   (右)これはY字結節点のあたり。たぶん

 家々の隙間から西岸が見える

 
(左)これはたぶん祇園山へ続くトンボロ本線   (右)これも

 これぞトンボロ!と言いたくなるような細い道を挟んで、民家がびっしりと立ち並んでいる。自動車のことなどもとより眼中になく、船さえあればOK!なのね。

 しかもここは過去の小さなトンボロと比べると、営業している商店などがけっこうあって、それなりの規模の「まち」として生きている様子がうかがえる。
 もしかしたら、日本3大トンボロ以外のトンボロの町としては有数のものではないか。

 民家の隙間から西岸に出てみよう。

 昔ながらのエエ路地や


トンボロ西岸から野母崎の眺め

 これから向かう祇園山方面

 こちら側は東岸とは打って変わって、堤防と砂浜のほかは何もない。東シナ海を渡ってきた波風が直接打ち付ける厳しい浜辺だ。
 本土側のトンボロ付け根のあたりは海水浴場になっているらしい。
祇園山からの眺め

 祇園山に登ってトンボロ全体を眺めるため、南へ向かう。堤防を歩いてもおもしろくないので再び集落内の細道をゆく。

 祇園山はすぐそこだ

 
(左)これこれ、この狭さがトンボロだ   (右)渋い! クール!

 トンボロの幅の一番狭そうなところに立って、左右(東西)を見てみたのが下の2枚。

 
(左)あっちは東岸の漁港   (右)こっちは西岸の堤防

 このへんの砂州の幅は100mないのではないか。
 まもなくトンボロの末端に突き当たると、右上方に鳥居が見えた。そこへ登ってゆく。

 
(左)あれが祇園さんの鳥居だな   (右)行き止まりにあった祇園社

 少し登っただけで社があり、道は行き止まってしまった。この上はヤブコギしても展望は望めそうにないので、ここからの眺めで我慢することにした。

 祇園社からの眺め

 なんとか全体が見渡せた。カタカナの「ト」を寝かした形に見える。
 九州本土とこの祇園山をつなぐか細い砂州の上にびっしりと集落が密集していることがわかる。もし大津波が来たら・・・考えるだけでも恐ろしい。

 しかし、これが日本なのだ。
 日本人は常に自然の驚異と向き合って生きている。このことはトンボロに限らず、これまで各地を旅してきて嫌というほど思い知らされた。 
祇園山からの眺め

 祇園山から下りて、弁天山のほうにも行ってみた。

 
(左)Y字結節点あたりのシビレル路地、これでも表通り   (右)弁天山へは上り坂

 弁天山へつながるトンボロは中ほどが盛り上がっている。島だった名残だろう。
 路地を抜けたところに突然小高い丘が現れ、鳥居が立っている。

 ふいに現れる鳥居と丘

 その上には弁天社があったが、山頂までの道はやはりない。下の写真が限界だった。


祇園山と中島への赤い橋が見えるが、残念ながらトンボロの形は見渡せず

 いつも思うことだが、トンボロファンの気持ちがわかってないね。祇園山も弁天山も山頂まで道をつけて展望台を作ってくれたら、全国のトンボロファンがその景観を眺めにやってくるはずなのに。

 というのも、俺はじつを言うとこの春(脇岬を訪れてから1年あまり後)、日本最大のトンボロである函館へ行って来た。そこには世界中からトンボロファンがこんな具合に押し寄せていたのだね。

 ザ・函館トンボロ

 いかがです。これに比べれば脇岬はミニサイズではあるが、景観の見所としては基本的には同じだ。祇園山に山頂展望台を作ったら、きっとこれに似た景色が見られるだろう。いや、脇岬はY字トンボロだから、よりユニークな眺めに違いない。
 ここでもう一度、函館の写真と本レポートの冒頭写真とを見比べていただきたい。もっと上から見えたなら・・・という俺の歯ぎしりがわかっていただけるでしょう?

 上の写真に写っている人たちはおそらく自分がトンボロファンであることを自覚していないと思われるが、俺から言わせれば、このバチ状景観を見たい人はみな潜在的トンボロファンなのだ。
 函館山は年がら年中、こんなふうに潜在的トンボロファンが押しかけている。こいつらのうち100人に一人でも脇岬に来たら、脇岬の住民はそいつら相手にタコヤキ焼くだけで笑いが止まらんくらい儲かるぞ。

 問題は、こんなことを言ってるのが日本で俺一人しかいないということね。残念だ。

 帰りのバスの時間がきた。
 脇岬バス停はどっちかというとトンボロの中心より先端に近い位置にある。だからここから九州本土の付け根までまだずっとトンボロの町は続いているのだが、もう時間がなくなってしまった。

 
(左)九州本土方面へ続くトンボロの町   (右)バス停前の商店

 それにしても正月の東シナ海の風は冷たかったし、ちょっとさみしかった。今度はもっと暖かい季節に来よう。 (記:2011.8.2)
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