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| 注:本稿は旅行から2年が経過してから書いています。はっきり言って、あんまり覚えていません。 だから間違いだらけかも。ほほほ。高浜の人、スマヌ。 |
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碧南の新川からてくてく歩いて、高浜川を越えた。もう高浜市だ。 このへんにも1軒銭湯があるはず・・・と、これか? ![]() (左)高浜川を渡る。むこうは全部瓦工場 (右)松の湯・・・廃業した工務店の事務所かなんかふう 少し進むと、幹線道路から右に逸れて小さな丘を登っていく道があるので、そこを登ってみた。地図によると碧海町3丁目。 落ち着いたまちなみをしばらくいくと神社があった。 ![]() (左)幹線道路から逸れて碧海町の路地へ (右)神社の階段を登る ![]() (左)神明社、こういう建物がいくつかあった (右)神明社の裏の公園ではお花見の最中 ![]() (左)神明社の北側、じつにいい感じ (右)板塀の路地を下りてゆく 狭いエリアだが、なかなかいい雰囲気の町じゃないの(冒頭写真もこのあたり)。桜を眺めながらのんびり休憩だ。この季節はどうしても休憩が多くなる。 考えたら、冬の間は立ち止まると寒いからまったく休憩なんかしない。桜の開花にあわせて休憩もはじまるのね。 そのまま住宅地の狭い道を歩いて行くと小さな公園があり、瓦製のへんなオブジェが並んでいた。 その少し先に瓦ミュージアムという建物が現れた。 ![]() (左)瓦でできた変な物体 (右)瓦ミュージアム せっかくだから入ってみた。入館料はいくらか忘れたが、たぶん安かった。お客は俺以外に1人くらいしかいなかった。 ここにはもちろん瓦ばかりが展示してある。そして俺はべつに瓦に特別興味があるわけではない。 が、寺院の屋根瓦の蓮華紋の変化を古墳時代から時系列に展示してあるコーナーでは思わずクギヅケになった。シルクロードの紋様がいかに日本の寺に取り入れられ変化してきたかが一目瞭然だ。 ![]() (左)東大寺大仏殿から出土した瓦 (右)これは法隆寺、原初的な蓮華紋 思わぬ興奮を覚えて写真撮りまくり、けっこう長居した。でも最後まで俺以外にお客の姿はなかった。 ![]() (左)瓦ミュージアムの前にある巨大シャチホコ (右)ミュージアムの西には衣浦大橋がある 高浜旧市街の中心部はもう少し北の春日というあたりのようだ。 でもミュージアムのすぐ横に衣浦大橋があり、そこから衣浦湾を眺めようと橋に足を踏み入れたら、そのまま対岸まで渡ってしまった。 瓦ミュージアムで得た知識によると、高浜はかつて三州瓦の積出港として繁栄した港町だったそうな。 ![]() (左)衣浦大橋から南の眺め。左側が高浜〜碧南 (右)北の眺め。このまま北上すると境川に入る さっきまで青空だったのに、なんだか空がどんよりと曇ってきた。 橋を渡ると亀崎(半田市)だ。 この狭い海はかつて三河と尾張の国境であり、南の太平洋から伊勢湾→三河湾→知多湾→衣浦湾と入り込んだ海の最奥部分にあたる。奥深いがゆえに静かな水面が、三州瓦の水運と積み出し港としての高浜の繁栄をもたらしたのね。 ずいぶん大昔からこの高浜・碧南など三河南西部一帯は碧海郡(あおみのこおり→へきかいぐん)と呼ばれていたようだ。その昔はさぞや水が青く美しかったことでせう。 しかし周囲が工業地帯となった現在、湾奥は海水の出入りも少ないこともあって、ひどく濁っている。 橋を渡って亀崎側から振り返るゆっくりと橋を渡るうちに、天候はみるみる崩れてきた。 橋を渡ると尾張の国だ。高浜の旅もここでオワリ。 (記:09.4.13) |
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