ふしぎ山
大尖山 だーちえんしゃん
台湾・屏東県恒春鎮墾丁、318m

注! この山へ登ることは禁じられています。
良い子は決してマネをしないでください。

 寒くなってきたし、台湾にでも行こうかな〜。そう考えた俺は、近所の本屋でガイドブックをペラペラめくっていた。
 しかし最近のガイドブックはレストランとホテルの紹介ばっかりやのぉ〜、と溜息をヒトツついたとき、俺の目はあるホテルの写真にクギヅケになった。

 おやっ!

 台湾最南端の墾丁(けんでぃん)というところにある、プールやゴルフコースまでついた豪華なリゾートホテルだ。
 いや、そんなホテルなぞどうでもよろし。このホテルの背後に、なにか気になる突起があるやんか!

 調べてみたらこの山は大尖山(または大尖石山)。台湾に大尖山と名のつく山は多いが、その中でもこの墾丁のシンボル山が最も有名なんだと。
 しかし目立つ山でありながら登山レポートはどこからも出てこない。唯一、ウィキペディアにこう書かれてあった。

 「墾丁森林遊楽区ゲートより入山し、墾丁牧場を経て稜線沿いのルートとなっている。山頂からは恒春半島全域が眺望できる。山頂までの往復所要時間は約3〜4時間である。 」

 おぉ、楽勝のハイキング気分で登れそうやん。

 というわけで、台湾南部の中心地・高雄(がおしょん)にやって来た。12月の下旬やっちゅーのに気温は28度くらいある。ついつい夜市でビールを飲みすぎちゃうねぇ。
 駅近くの安ホテルに泊まり、翌朝8時に墾丁行きのバスに乗るべく駅前に出たら、おばちゃんが必死に声をかけてくる。
 「バスはあちこち停まって370元、タクシーならノンストップで300元!」(1元=約3円)
 乗り合いタクシーらしいが、バスより安いて速いなら文句はない。そこで、地元の学生ぽい男女らとともに同乗した。

 タクシーが自動車専用道をがんがん南下するにつれ、左手に台湾の中央山脈が見えてくる。富士山より高い山々が連なるこの巨大山脈が海に没するところ、それが台湾最南端の墾丁だ。
 つまり今回のターゲットは、その山脈が海に沈む直前に一声ガオーっと吠えたような按配になっとるわけだ。

 バスだと3時間かかるところを、タクシーは1時間40分で墾丁に到着した。おぉ、すぐそこに聳えとるがな大尖山。横から見たら魚のヒレみたいだぞ。
 墾丁は、フィリピンとの間のバシー海峡に面した熱帯のリゾート地で、美しい砂浜が広がる楽園だ。
 「引き続き周辺の観光ポイントを1800元でまわろうか?」と筆談で訴える運転手の勧誘を断り、美しい海に目もくれずに、さっそくウィキ情報に従って森林遊楽区ゲートをくぐった。

 
(左)墾丁森林遊楽区の立派な中華ゲート   (右)ゲート横の駐車場(南西側)から見た大尖山

 きれいに整備された車道を登ってゆく。気温30度、さっそく汗が吹き出てきた。
 200mほど歩くと左に分岐する道があり、その向こうに牧場が広がっている。分岐点には看板が取り付けられ、なにやら漢字がいっぱい書いてある。

 「大尖山・・・厳禁・・・岩石剥落・・・牧場立入・・・」

 少なくとも、どうぞお登りくださいと書いてないことはわかる。
 でもま、ここから牧場に立ち入って登るのは危ないからダメだよ(=だから別の道から登るならいいんだよ)、と親切に書いてくれていると解釈しよう。だって中国語ワカランもんね。ワカランときは熱烈歓迎だよ兄弟、ははは。

 ガイドブックのいいかげんな地図によると、この先の墾丁賓館というホテルを越えたあたりから、大尖山の北東方面へ入ってゆく道がある。ウィキペディアのいう「稜線沿いのルート」とはそれのことだろう・・・と勝手に決めて、元の舗装道路をさらに登っていった。
 道路はゆるいカーブを描きながら高度を上げ、山の南から東へとまわり込んで行く。山側には木の柵が連なり、その向こうはずっと牧場になっているようだ。

 道路脇にたくさん落ちていた木の実

 
(左)ちょうど真南あたりから、左奥が大尖山   (右)大尖山拡大、白い岩肌が美しい

 大尖山の南には小さな岩山があり(上左写真の右手前)、その西側が牧場、東側は森が広がっているようだ。

 
(左)30分ほど登ったあたり(南東側)から。麓は森に覆われている   (右)拡大。先っぽピンピン

 歩き出して40分ほどで墾丁賓館の前を通ったが、それらしい道はない。道を探しながらなおも登り続け、結局ゲートから1時間ほど歩いて森林遊楽区の入口に着いてしまった。おかしいなあ。
 駐車場係のおばちゃんに、大尖山を指差しながら「うぉしゃんちゅ、しゃん(山に行きたい)」と訴えると、無愛想に首を左右に振って「ダメだ」というようなことを言う。「ようまーるーま?(道はありますか?)」と聞いても、しかめっ面で「メイヨー(ない)」とニベもない。

 仕方がないので来た道を下り、墾丁賓館の周辺を再度探索することにした。
 途中の斜面にある踏み跡を探ったりしつつ下ってゆく。森林遊楽区の駐車場を出て30分後、墾丁賓館の少し上のカーブ付近で、ついにそれらしき道を見つけた。

 
(左)左側の路肩の切れ目の、もひとつ下の切れ目   (右)ここだ! 道らしきものがある

 喜び勇んでそこから突入した。時刻は11:20。
 すぐに小さな橋があり、渡ったところに金網の戸が取り付けられている。鍵はなく、針金をひっかけてあるだけだ。六甲山のイノシシ柵に似ているから、たぶん牧場の動物用だろう。ということは人間は通ってもいいということね(と解釈しよう熱烈歓迎)。
 その先も、うちの近所の六甲山系によく似た感じの山道が続いている。いや〜、ええ道や。なにがメイヨーや、さっきのクソババアめ。

 
(左)小さな橋と金網の戸   (右)ハイキングヤッホーな道

 機嫌よく歩くこと10分少々で、道が錯綜し始めると同時に消えてきた。ありゃりゃ〜、この地図にある道はいつの道やねん。やっぱりメイヨーばばあが正しかった。
 かろうじて残る踏み跡を辿りつつ、緩慢な尾根っぽい地形をさらに登る。

 
(左)地面には穴がたくさんあり、こんな白いカニが住んでいる   (右)道がメイヨーな森

 はじめのうちは下草の少ない森だったが、登るにつれてヤブが濃くなってくる。伐採後に放置されてから、さほど年月が経っていない感じだ。トゲトゲも増えてくる。

 30分ほどもがいて、稜線に出た。
 地図によると大尖山の東北東に亀可吠山(可は「口へんに可」の字)という山がある。その2つの山をつなぐ稜線の、亀可吠山寄りにいるようだ。
 しかし稜線とはいっても、全体的にユルくて茫洋とした地形に複数の尾根が平行に走っている感じで、どれが本線か判然としない。稜線に出たら道があるだろうと予想してたけど、今まで以上の濃密なトゲヤブで、大尖山方面は前進困難だ。

 
(左)この先はトゲヤブが濃くて前進困難   (右)西の方角に背伸びしたら、大尖山が見えた

 仕方なく大尖山とは逆方向に少し進み、いったん向かいの小さな谷に下りて、北側に平行に走る尾根へ渡った。
 残念ながら、この尾根にも道はなかった。だが北側に展望が開け、広い牧場が見えた。そして向かいの山・・・なんじゃ、あれ?

 2つの巨岩がするどく突き立っている

 あれはおそらく大尖山の北にある、小尖山という山だろう。
 ここから北へ突っ切ってあの牧場にいったん出る手も考えたが、とりあえず行けるところまでこのまま尾根筋を攻めるとしよう。
 尾根上の濃いヤブを避け、2本の尾根の間の小さな谷を西へとしばらく進む。谷は下りながら次第に北へ逸れてゆくので、再び南の尾根へ上がった。このあたりは比較的歩けるぞ、と思ったら、またヤブが濃くなる。ふと見ると、北側の尾根が消えて南側に新たな尾根が現れる。そっちへ移ったら、方角が逆になっていたりする。
 とにかく地形が緩慢なため尾根筋がはっきりせず、磁石が頼りだ。

 
(左)休憩した稜線上の大きな岩   (右)尾根のはずなのにこんな谷がある

 気温30度の中、トゲトゲを除けながら中腰で登り続ける。汗びっしょりで、何度か休むたびに水をどんどん飲まずにはおれない。タオルもトゲにひっかけてボロボロだ。

 黙々とヤブこぎを続けるうち、ふいに目の前に牧場の柵が現れた。それをまたぐと、ポン、と道に出た。真正面に大尖山の巨大な岩峰が立ちふさがり、北側には雄大な牧場が広がっている。
 時刻は午後1時05分。1時間半ちょっとのヤブこぎだった。

 
(左)牧場の道に出たところ。まっすぐ大尖山(東面)に向かっている   (右)反対側(東)の風景

 北に広がる牧場と小尖山

 暑苦しいヤブこぎ後のこの風景は感無量だ。見渡す限り車も人の姿もゼロで、心も体も天気も晴れ晴れね。
 ニコニコで正面の大尖山に向かって歩いてゆく。

 
(左)大尖山東面の断崖   (右)北のほうはギザギザで、ふしぎなスリットがある

 大尖山の少し手前で、道は北側に折れて下ってゆく。が、牧柵はそのまま尾根筋をまっすぐに山に向かっており、それに平行して踏み跡があるので、とりあえずそこを進んでみた。
 カンナかドラセナみたいな熱帯植物が茂る中を押し通り、再び森に入ったが、傾斜がきつくなるあたりで踏み跡は消え、再びヤブに閉ざされる。その先は壁のような急斜面だ。こんなところから登れるとは思えない。
 あきらめて元の道に戻った。

 
(左)園芸店で売っているハートカズラが自生している   (右)これ以上の前進は断念

 
(左)西、正面のユルイ山が亀可吠山、その手前を右から登ってきた  (右)南、台湾最南端のガランピ岬が見える

 牧場内の道に出て、大尖山の北側へとまわる。ここから見る限り、登れるとしたらこの北側のギザギザ岩の割れ目からだろう。
 移動するにつれ、山の姿がみるみる変化してゆくのがおもしろい。

 
(左)北側の小尖山の奇岩がよく見える   (右)少し下りながら北面にまわる

 
(左)下ってきた牧場ののどかな道   (右)真北から。正面の裂け目から登れそうに思える

 大尖山の北側は2つに割れていた。右側は巨大な双耳の一枚岩、左側は崩壊の進んだ岩塊で、その間に裂け目(クーロアール)がある。
 けわしそうだが、手がかりは十分ありそうに見える(ただ、下りはロープかせめてスリングでもないと危ないかも)。

 だがここで懸念が2つ生じていた。
 一つは、700ccほど用意していた水をここまでのヤブコギですべて飲み干してしまっており、残りがほとんどゼロになっていたこと。頂上まで1時間ほどかかるとして、この暑さに水なしでは相当キツイ。
 もう一つは、どう考えてもここが立ち入り厳禁の牧場内であることだ。何かあったときに、非常識な日本人のハタ迷惑な行動として国際的にひんしゅくを買うことになる。

 でも、せっかくここまでたどり着いたのになあ・・・山に向かう踏み跡があったのでとりあえずそれを辿り、手前の小さな岩に登ってみた。
 天気は最高。目の前にそびえ立つ美しい岩峰。う〜む。
 さらに先の、少し大きめの岩にも登ってみた。美しい鳥の声と、ゆるやかな風が心地よい。
 山頂へ行けば、南側にガランピ岬とバシー海峡の大展望がこれでもかと展開することは間違いない。うむむ〜、再びここへ来れるかどうか・・・。

 踏み跡はこのあたりで消え、この先は岩壁基部まで濃密に熱帯植物が茂っている。しかしどうにもあきらめきれずに、もひとつ先の岩に登ってみようとしたが、これは手ごわくて登れなかった。

 あきらめよう。残念だが仕方がない。2つの懸念のうちどちらかでもクリアーできていれば、きっと登っただろうけど・・・。時刻は2:20。

 
(左)登れなかった岩   (右)あきらめて大尖山を離れる

 歩いてきた牧場内の作業道は、少し先で消えた。さて、どう下ればいいものか。
 とりあえず牧野の踏み跡を辿って牛の水場へ行き、そこから大尖山の西側へまわった。でも尾根の南はジャングルで、森林遊楽区ゲートへの道に出るにはまたヤブこぎしまくらないといけない。それもつらいな。温度計は32度を指している。


1.5cmほど重なってるけど連続写真。西北に南湾と猫鼻頭の岬が見える。右の池への踏み跡を下った

 
(左)北西面   (右)西面

 方向を西北西に換え、何度も山を振り返りながら牧柵に沿って下りてゆく。草原は歩きやすいが、牛糞がいたるところにあるので一瞬たりとも油断できない。
 それに、ここの牛はツノがでかい。近づくと怖いので、あちこちにいる牛の群れを迂回したり、通過するのを待ったりしながら下りてゆく。
 右へ左へ、柵を越えたり金網をくぐったりしながら牧野を歩き、かなり下ってやっと作業道に出た。出入口の鉄柵にたどり着いたのは3:10。牧場突破に50分かかった。

 
(左)やっとこさ道らしきものが見えてきた   (右)牛と大尖山

 牧場から脱出して舗装道路をとりあえず右へ行った。
 200mほどでボロい民宿みたいなところに突き当たった。ちょうどおじさんがいたので、「バスステーション、つぁいなーる?(どこですか)」と尋ねたら、地面に石で地図を書いて丁寧に説明してくれた。来た道を逆方向に1.3kmほど行くと、森林遊楽区のゲートに出るようだ。
 ついでに、喉が渇いて死にそうだったので、「よう、something to drink、ま?(何か飲み物ありますか)」とメチャクチャな中国語で、水500ccを10元(約30円)で売ってもらった。

 水を飲みながら、おじさんに教えられたとおりに山を下る。道の左右は牧場で、大尖山は左に南西面が見えている。
 1kmほど下ると乗用車がとまっており、観光客ぽいおじさんが山や牛の写真を撮っていた。

 
(左)白い岩肌の真下に、白い樹皮の枯れ木が立っている   (右)ここからの大尖山はイノシシのようだ

 
(左)ツノと耳の大きな牛   (右)大尖山の南にある小さな岩山(この写真の右側の山)

 そのすぐ先で、午前中に通った「登山厳禁」看板のところへ出た。立入禁止とは書いてあるけど脱出禁止とは書いてないよね。
 結局、大尖山の周囲を反時計回りに1周したことになる。

 あとで考えたら、このイノシシのような南西面から登るのが一番簡単そうにも思える。ウィキペディアの、「墾丁牧場を経て稜線沿いのルートとなっている」「山頂までの往復所要時間は約3〜4時間である」というのは、もしかしたらこっち側のことなのではないか。
 で、そのために牧場内を集団でゾロゾロ通ったり、足を滑らせて怪我したりするヤツがいてうっとおしいから、牧場主は「立入禁止」の看板を立てたということかもしれん。
 だって、東にも北にも西にも、結局「稜線沿いのルート」と呼べるようなものは存在しなかった。アプローチを考えても、この看板付近から牧柵を乗り越えて登るのが断然近い。

 森林遊楽区ゲートを出たのは3:30だった。すぐ近くの食堂に飛び込んで飲んだ台湾ビールは、天にも昇るかと思うほどうまかった。麺類もうまかった。

 気持ちよく酔っ払って、すぐ近くの「青年活動中心」というところに行ってみた。海辺に青蛙岩という変な岩があるので、それに登って大尖山を眺めようと思ったのだが、青蛙岩に登る道はなかった。いや、あったのかもしれんが、酔ってたせいか発見できなかった。
 ちなみにこの岩の海側は、溶岩が海に流れ込んだまま固まっている。そこへ行ってみたら、青蛙岩の向こうに、ちょうど夕陽を浴びて輝いている大尖山が見えた。

 
(左)青蛙岩(右)と大尖山(左隅のチッコイやつ)   (右)夕映えの大尖山を拡大。登りたかった・・・

 さらに、青年活動中心の南にある美しいビーチへと歩いた。泳いでいる人はいなかったが、親子連れやグループ、恋人たちが波とたわむれている。俺も裸足になってしばらく遊んだ。夕闇の中、ゆるやかな熱帯の時間が過ぎてゆく。
 そのあと浜辺のテラスで生ビールを飲みながら、周囲が完全に暗くなるまで、南海の落日をしみじみと味わった。息子の丘といったティオマン島の日暮れを思い出した。

 
(左)ビーチ近くから見えた大尖山   (右)浜辺のテラスから、正面は青蛙岩

 俺は持参したゴムゾーリにここで履き替えたのだが、飲みすぎたせいか、履いてきたトレッキングシューズをそのまま墾丁に忘れてきてしまった。
 真冬の日本へは2日後にそのままゴムゾーリで帰国した。大阪へ着いてから寒さのあまり靴下を履き、親指と人差し指の間に窪みをつけてゴムゾーリの鼻緒を挟んで、ぬげないようにヨチヨチ歩きで帰った。

 結局、登れなかったものの、このふしぎな山を目指して過ごした一日は充実感に満ちたものだった。今は立入禁止だが、いつか頂上に立ってバシー海峡を眺めてみたい。
 あ、それとみなさん、ウィキペディアには騙されないように。 (登山日:07.12.22)

 大尖山に登頂された方、ルートなどをぜひ教えてください。秘密は守ります。こちらのメールへ。

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