ふしぎ山
磯間嶽 いそまだけ
鹿児島県南さつま市、363m

 鬼だな、これはどう見ても。そして鬼は退治しなければならん。
 俺は果敢に戦いを挑んだ。しかも鬼の背後から意表を突いてやった。
 だが、敗退した。早い話が登れなかったの。また失敗です、ははは〜。

 薩摩半島の南西端、市町村合併で「南さつま市」になった旧大浦町。その大木場という集落から仰ぎ見ると、もうこいつをこのまま許しちゃおけねぇ〜という気分になる。

 山の向こうに鬼出現!

 この鬼に登るのには2つのルートがある。ひとつは大浦町の渡瀬橋付近の林道から、これは4時間くらいかかるがアルペン的な岩稜歩きでスリルがあって楽しいらしい。もうひとつは東側の上津貫登山口から、こっちは25分で登れて楽勝らしい。そして、どっちも最後は30メートルの岩峰直登が待っているんだと。
 でも、4時間も時間はないし25分じゃチトもの足りん。そこで俺はガイド本に乗っていない、幻の大浦登山口から攻めることにした。

 大木場から南へ1〜2kmほど走ったところに「登山口」の古びた木の標識があり、そこから荒れた林道に入る。レンタカーの底をガッツンガッツンこすりまくりなのを気にも留めず、わが運転手(姉)はヘアピンを攻める。1kmほど登ったところに登山口らしき山道発見。
 クルマを停めるやいなやシートを倒して昼寝体制の運転手に「1時間で戻る」と言い残し、俺は鬼退治へと向かった。

 山道に入った瞬間、俺はここが事実上廃道であることを悟った。少し進むと道はなくなり、倒木が行く手をさえぎる荒れた谷となる。だがよく見ると、ところどころの枝に赤い目印テープが巻いてあるのが見える。
 そのとき意外にも、上から登山姿の男たちが3人、転げ落ちるように下りてきた。どうやらここを下山ルートに使ったようだ。俺が「こんにちは」と声をかけると、先頭の人は勢い余って岩にけつまづき、メガネをふっとばした。
 「この先、道はどうですか」と尋ねると、3人はゼイゼイ言いながらも一瞬ぐっと詰まった。
 「道ね・・・まあ赤いテープを見失わないように行けば行けるでしょう。途中、なにこれっと思うところはありますが、ずっとこの谷に沿っていけば。最終的には左のほうに上がります」

 鬼退治のための貴重なアドバイスを得た。勇気百倍で進撃を開始する。
 だが倒木をよけるうちに、ものの数分で目印テープを見失う。ここで「最終的には左のほうに上がります」の言葉を思い出した俺は、とりあえず左方向に急斜面を登る。だが木の根をつかんで尾根近くに達したとき、谷を挟んで右方向に四角い岩が見えた。
 ありゃま・・・あれが鬼の一部だとすると、左へ上るのが早すぎたか。

 鬼の角にしては妙に四角いけど・・・

 ヤブの斜面をナナメに下りて谷底近くに達したとき、再びテープ発見。そこから慎重にテープを探して辿り、谷を詰める。と、ついに「←磯間嶽へ」と書かれた、朽ちかけた標識を発見した。
 だがその先はテープが見つからない。「ははあ、ここで左方向だな」と考えて登ったが、岩壁に阻まれる。
 舌打ちしながら振り返って右のほうを眺めると、あっちに鬼の角らしき岩峰が見えるではないか。

 
(左)ここはちょっと無理   (右)おや、あいつが角か?

 いったん元へ戻ろうとするが、イバラのヤブがうっとおしい。手ごろなツルがぶら下がっているので、それをつかんでターザン式に勢いをつけ、ヤブを飛び越えて無事に着地。ははは、俺ってなんかすごいな。

 標識のところからさっきの岩峰方向に進み、登りやすそうなところから詰めていくが、やはり垂直の絶壁に阻まれる。もうあと少しなんだが。

 
(左)ここも無理やのお    (右)崖下から大浦の町と海が見える

 さらに、さっきの3人が降りてきたであろう岩壁の切れ目を探して右へ右へと移動し、登りやすそうなくぼみを見つけては腕力でよじ登ってみるが、最後には決まって絶壁に阻まれる。
 そのたんびにターザン技術でまた降下。持てる身体能力を全部駆使してるぞ俺。うへー、疲れるなあ。

 
(左)こりゃ登れん   (右)うひー、ここも無理だよう

 右へ右へと移動するうち、気がつくと源頭部を半周して尾根を越え、隣の谷へ来てしまっていた。さっきの人は「ずっとこの谷に沿っていけば」と言ってたよな、危ない危ない。山頂近くはいくつもの谷が集まっているから迷いやすい。
 あわてて元の谷に戻り、もう一度「←磯間嶽へ」の標識まで戻って、「最終的には左のほうに上がります」の初心に帰って左の斜面を丹念に探索するが、やっぱり壁に当たってターザンのくりかえし。

 すでに登り始めて1時間を過ぎていた。運転手が心配するといけないので、残念だがここで断念せざるをえない。
 この1時間のターザン修行で体が山ザル化したため、下りはわずか数分だった。
 クルマに戻ると、運転手は顔にタオルを被せて爆睡していた。くそ、あと1時間ほどほっときゃよかった。

 あとで地図をじっくり見ると、さっき迷い込んだ南隣の谷の源頭斜面をもう少しトラバースすれば、尾根の岩稜を迂回する登山道に出られたであろうことがわかった。
 断片的な耳情報に呪縛され、地図を冷静に検討するという基本を忘れていた。やはり人を待たせていると思うと、どうしても気持ちがあせってしまうんだな。地図オタクのくせに、まだまだ修行が足りん。

 こんな遠いところまでめったに来れないのに、失敗してスゴク悔しいよう、鬼め。
 いつかまた必ず。  (05.12.11)
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