ふしぎ山
行縢山 むかばきやま
宮崎県延岡市、829.9m



 「オス山とメス山があって、その間からジャーッと滝が流れているらしい」

 協調性ゼロ太平洋一人ぼっち主義の俺の数少ない山仲間の一人、マッキー(20代前半♀)は、俺のこの言葉に何を想像したのか異様な関心を示し、ぜひとも同行したいと言う。
 彼女は俺のモッチョム絶叫レポートに感動して屋久島に渡り、モッチョム単独登頂に成功した強者だ。山頂で何と叫んだのかはあえて聞いていないし聞きたくもない。
 ようするに嫁入り前の娘のくせに俺に劣らぬ変態だ。
 かくして今回はよくわからない2人パーティーでこの奇妙な山に挑むことになった。

 しかし残念なことに、九州東部の天気は前日から崩れていた。当日の朝6:30に延岡駅前からバスに乗るときも、山々は厚い雲に覆われていた。
 空模様をうかがう俺の後部座席で、マッキーが早くも居眠りをしている。なんでも前日コンビニでエロ本を買い、延岡ビジネスホテルの自室で遅くまで起きていたらしい。
 「いや、勉強しとかないとと思って・・・」
 何を考えているのかまったくわからないし、わかりたくもない。

 ところがバスが国道から離れて山に近づくと、ふいに前方の雲が切れた。その瞬間、山すそに雲をまとわりつかせながら、行縢山がそのいかつい全貌を現した。
 雄岳・雌岳ともに、天の剣で叩き斬られたかのごとくにまっ平らな断崖絶壁で全身を荒々しく固めている。そして両者の間からは・・・あれか! 見事に滝が落ちているぞ。
 なんちゅー独特の姿、しかも聞きしに勝る豪快さだ。お前はヨセミテか(行ったことないけど)。
 このときに車窓から全体写真を撮っておくべきだった、とあとで後悔した。

 ちなみに行縢と書いて「ムカバキ」と読むこの奇妙な山名は、ヤマトタケルが命名したという。ムカバキとは、武士が乗馬時に両フトモモに装着する皮製防具を意味するらしい。クマソ征伐に来たヤマトタケルはこの地でカワカミタケルを討ったと伝えられる。
 それにしてもこの雄岳・雌岳が両フトモモに見えたとすると、やはり真ん中の滝は・・・どうやらヤマトタケルの発想もマッキーとどっこいどっこいらしい。

 小さな集落を抜け、バスは延岡駅前から20分ほどで終点の行縢山登山口に着いた。
 正面に行縢神社がある。登山道はその右手に延びているが、まずは神様に挨拶だ。イザナミなどが祀られているが、もとは行縢山がご神体だったに違いない。

 
(左)行縢神社参道、登山道は鳥居右の注連縄のある岩の右側  (右)拝殿

 
(左)拝殿手前の狛犬・・・ってこれ何の動物や!  (右)サルか? ロバか? 東国原か?

 朝っぱらからマッキーがおみくじを引くというので俺も引いた。大吉だ。天気の回復を祈ろう。
 7:10に行縢神社を出発して、杉木立の中の登山道を進む。まもなく木の吊橋を渡った。

 吊橋の手すりに生えていたキノコ

 橋を渡ると道は岩がちになった。森の中に風はまったく吹かず、垂れ込めた雲の湿気と汗でスチームサウナのがまん大会状態だ。
 突然、バーンと雌岳の岩壁が目の前に登場した。いやこりゃすごいわ。左方向には雄岳の岩壁も聳え立つ。

 
(左)雌岳の岩壁  (右)こっちは雄岳

 雄岳のほうが20mほど高く、山頂からの展望もいいため、ふつう行縢山に登るというと雄岳登頂を意味するようだ。行縢の滝を東側から迂回し、山の裏側(北東)から登るのが一般コースらしい。
 だが一般コースで満足するようでは、ふしぎ山探検家とはいえない。
 地図には載っていないが、雄岳の岩壁の真下を西に向かって端から端までへづって正面から攻める「南面ルート」というのがあるらしい。別名、ガケ下コース。やはりこれだろう。そしてもちろんオスに登ったらメスにも登頂せねばなるまい。

 で、この地点でフト左の沢を覗くと、沢の向こう岸に赤テープの目印がいくつか見える。どうやら南面ルートの入口っぽいぞ。
 石を飛んで沢を渡渉し、踏みあとを少し登るや、まもなくガケ下に出た。見上げれば、恐ろしい絶壁が天空はるかにそそり立つ。間違いない、これが南面ルートだ。

 
(左)ガケ下に出た  (右)雄岳の絶壁がずーっと上まで垂直に続いている

 踏み跡には赤テープがたくさんついていて、迷うようなことはない。右手で壁をさわれるような距離をずっと保ちながら、巨石や倒木を縫って登ってゆく。
 けっこうな激登り、しかも相変わらずのスチームサウナ状態だ。岩を伝い落ちる水をすくってゴクゴク飲みながらひたすら登る。

 
(左)岩を伝って上から水が落ちてくる  (右)流れ落ちる水と、イワタバコの花

 半月前の大型台風のせいか倒木が多く歩きづらいが、そこそこ人が登っているらしく踏み跡は明確だ。ルートを見失いそうになる崩壊地もあるが、あくまでガケ下方向に赤テープを丹念に探せば進むべき道は見つかる。

 そうこうするうちに、ガスが濃くなって、完全に雲の中に入った。
 それにしても、もうたいがい登ったぞ。そろそろ頂上も近いだろう、と思ったときに一瞬雲が切れた。そこで見上げてみたら・・・エェ〜っ!

 
(左)ガスが濃くなってきた  (右)見上げたら・・・壁の高さがホトンド変わってない〜っ

 またもや黙々と激登り。
 やがて右側にずっとあった岩壁がいつしか消え、幅の広い尾根に出た。神社を出発してから1時間40分。
 右へ折り返すような感じで尾根を登ってゆく。このまま頂上に達するのかと思ったら、今度は左側に岩壁が現れた。どうやら壁は2段になっていて、今その間を登っているようだ。

 
(左)岩の多い幅広尾根をヘイコラ登る  (右)左手に岩壁が現れる

 左の岩壁を見上げる。頂上まだ遠し

 やがて左手の壁も消え、谷の源頭斜面のような森を登り切ると、狭い尾根のコルに出た。岩むきだしのやせ尾根が東西に続いている。どうやらこれが雄岳南壁直上の稜線っぽい。
 今度は左に折り返すようなかたちで西方向へ登る。岩が濡れているため油断できない。
 岩稜を慎重に進むと、ガスの中、前方のピークに標柱が立っているのがついに見えた。

 見えたぞ頂上!

 大きな岩を右へ迂回すると一般コースらしき道に合流し、岩場のひと登りで頂上に達した。
 神社から2時間10分、最初の幅広尾根に出てから30分。けっこうキツかったなぁ。

 
(左)フラフラになってたどり着いたマッキー  (右)延岡市街や太平洋までの360度展望、だそうです

 岩を重ねたような山頂からは、信じられないような大展望・・・らしい。でも真っ白しろすけ。
 山頂の南側は、さっきまでその下を歩いていた大岩壁がはるか下界までスパーンと切れ落ちている(見えないが)。そのガケ下から、猛烈な勢いの風がガスをびゅうびゅうと吹き上げてくる。

 とりあえず呼吸を整え、真っ白な下界に向かって2人で大声で叫んだ(叫んだセリフは秘密だ。アホらしいので・・・)。

 山頂の切っ先に腰かけ、強風を顔面で受けながらパンを食う。
 雲が全部吹き飛ばされてしまわないかと1時間ほど待ったが、ダメだった。マッキーはその間、岩盤に倒れて爆睡していた。
 我々の少し後から、学生らしき3人組が登ってきた。

 
(左)下が見えないので怖くない  (右)精魂尽きて眠りこけるマッキー

 「ぎゃ〜、気持ち悪い〜っ!」
 海へ行って日焼けしすぎたとかで、自分の肩に無数の水ぶくれができているのを見てうるさく騒ぎ立てるマッキーを「そんなもん放っときゃ治る!」と叱責し、リュックを背負わせて山頂を後にした。

 次は雌岳、しかしこの天気だ。雌岳へは山の裏側(北)から攻めることになるが、雨が降りそうなケハイ。2人ともいいかげんな性格のため雨具は何も持っていない。
 「マッキーよ、どうする?」と聞くと、「登る」と言う。根性だけはあるな。

 とりあえず一般コースを下る。下るに従ってガスはしのつく雨に変わってきた。
 30分ほどで滝の上流部に出た。

 
(左)ますます濃くなる霧。幻想的な風景  (右)行縢の滝上部の川を渡る

 川を渡って少し進むと、3差路に出た。右は登山口方面、左は「県民の森」方面。県民の森とは、行縢の滝の北側エリアで、滝の水源となっている山域だ。我々はそっちへ向かった。
 何度か渡渉するが、水量が増しているため石から石へと飛びきれず、ついに靴のままジャブジャブ渡る。
 それにしてもこの川の水は、とんでもなく美しい。あちこちですくってゴクゴク飲んだ。

 泳ぎたい・・・でも寒い

 しばらく川沿いに登ると、右の支谷に「→雌岳」の標識があった。
 それに従って登ってゆくが、倒木だらけでルートが判然としない。ここを歩く人はほとんどいないようで、かすかな踏み跡が苔むしている。木霊でも出そうな雰囲気だ。
 ところどころにある赤テープを拾いながら進むものの、悪天候で谷間は暗く、水滴で曇った眼鏡ごしに探すのは骨が折れる。
 「マッキー、テープを探すんだ」と協力してなんとか進んで行った。

 
(左)踏むのが申し訳ないような美しいコケ  (右)苔むした倒木にこんなキノコが

 そのうちテープを見失った。が地形的には源頭部だ。斜面上部に切り開きのような空間が見えたのでよじ登ると、しっかりした道にぴょんと出た。
 その道を少し進むと、すぐに峠に出た。まっすぐ下ると桑平というところへ至るらしい。が我々は休む間もなく、ここから南へ尾根づたいに雌岳を目指す。

 ガスの濃い尾根道

 杉の植えられた幅の広い尾根で、何度かアップダウンを繰り返す。道は明瞭だが単調で、いいかげん嫌になった頃、山頂と下山路との分岐に出た。もう一息だ。

 まもなく岩場が現れ、ひと登りで雌岳山頂(809m)に着いた。時刻は12時10分、雄岳山頂から1時間45分かかった。
 でも苦労したわりにこの山頂は森の中の単なる小ピークで、展望もなんにもなし。まあどうせガスだけど。それに地面はビチョビチョで腰も下ろせない。
 山頂のつまらなさに、写真を撮るのも忘れてた。15分ほど立ちんぼうで残りのパンを食う。雨はじわじわと本格化しつつある。
 とっとと下りるとしよう。

 分岐まで戻り、下山路の南西尾根へ。登路の北尾根とは打って変わって、岩稜のハードな荒れコースだ。ルートは判然とせず、随所が倒木で塞がれていて、またもや赤テープ頼みとなる。
 雨が降る中、濡れた岩場を越えるのはマジ危ない。マッキーは「無理〜!」と叫んでいるが、なんとか通らないと帰れまへん。

 
(左)台風で向こう側へバキッと折れた大木   (右)この上を歩いていくしかないが・・・

 写真右側へ落ちたら即死、左でも骨折くらいしそう

 661mピークの先でルートを見失った。このあたりは断崖上なのでうかつに進むのは危険だ。地図で確認し、いったん661ピークへ戻って、大きく北へ迂回する下山ルートを見つけた。
 晴れていたら恐らく滝を一望できるであろう岩のテラスも真っ白でなんにも見えず。その先も倒木の下にもぐったり崩壊地を迂回したりして、1時間ちょっとかかってなんとか一般ルートに出た。

 2人とも全身泥だらけ。雄岳の南面ルートよりも悪路だった。
 マッキーは「よかった〜不安やった〜」とつぶやいている。フン、ふしぎ山探検家としてはまだまだヒヨッコだな。

 10分ほど下ると、行縢の滝への分岐へ出た。
 ついにたどり着いたぞ、男女の仲を切り裂いて流れ落ちる運命の滝。あるいは両フトモモの間からほとばしる・・・まあいいや、さっそく見に行こう。
 と、これが予想をはるかに上回るビッグスケールな滝だった。これまでに見た中でベストワンかもしれない。垂直の岩壁の迫力に圧倒される。

 高さ約80m、「日本の滝100選」だとさ

 風に煽られて水しぶきが俺の全身に浴びせかけられる。なぜだか笑いが止まらない。
 滝に向かって大声で「なんじゃごりぁーっ!」とか「ギャーッ!」とか叫んでいるうちに、パンツまでビチョビチョになってしまった。

 手前の石まで行けるが命の危険を感じる

 この日、日本各地で酷暑のために死者が何十人も出たらしいが、ここで滝の水しぶきを浴びていると寒くて震えるほどだった。

 2時に滝を出て35分で行縢神社へ戻った。冒頭写真はその途中の滝見橋から撮ったもの。左が雄岳、右が雌岳だ。
 神社で2人とも全身を着替えたものの、予定していたバスに間に合いそうになくなってしまった。神社近くの「少年自然の家」の方に相談したところ、ご親切にも延岡駅まで車で送ってくださった。九州の人は温かいなあ。

 天候に恵まれず残念だったが、行縢山はなかなかエキサイティングなふしぎ山だった。風雨と滝しぶきによってマッキーの意味不明なる煩悩も洗い流されたことを信じたい。

 いずれ天気のいい日に再訪したいものだ。  (登山日07.8.14)

 「延岡→高千穂」のバス車窓から遠くに見えた

 赤線が歩いたルート(時計回り)
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