ふしぎ山
ネネッ・セムクッ山
Bukit Nenek Semukut (ライオン・ロック)

マレーシア・ティオマン島、750〜800mくらい?



 日が当たると石になってしまう、という難儀な性質のマレーシア雌ドラゴンが、中国の雄ドラゴンに恋をした。2匹は夜な夜な逢引をしていたが、ある夜いつまでたっても現れない雄ドラを待つうちに夜が空け、待ちぼうけを食わされた彼女は石になってしまった。

 その哀れな雌ドラ石が南シナ海に浮かんでいるという。マレーシアのティオマン島だ。
 少女峰ヌスクマーペーなど各地の辛酸なめ子ちゃん山を慰めにまわっている俺が、この雌ドラちゃんをほうっておけようはずがない。いま会いにゆきます!

 というわけでマレーシア東海岸、メルシンという町から船に乗ってティオマン島へ向かう。安くあげようとしたら日本から3日かかっちゃった。
 ティオマン島はマレー半島から50kmほど離れた小豆島サイズ(たぶん)の島だ。2時間ほど船に揺られるうち、前方のモンスーン雲の合間から、哀れな伝説の雌ドラゴンの影が見えてくる。

 
(左)南海に横たわる不気味な巨大ドラゴンの影   (右)頭部拡大、まぎれもなくドラゴンだ

 ドラゴン頭部周辺の岩峰群は通称「イヤーズ・オブ・ドラゴン」と呼ばれる。
 4つのピークが見えるが、右側の鋭いツインピークスはロッククライミングの世界で「ドラゴンズ・ホーンズ」と呼ばれているようだ。その2本が「角セット」だとすると、左側にあるドーム型+小岩峰が「耳セット」かな。
 いろいろ資料を見たがそれぞれ表記が異なり、これらの正式な名前も標高も結局ようわからんかった(ややこしい山名詮索は本レポート末尾にまとめた)。

 船がティオマン島に近づくにつれ、「角セット」は徐々に「耳セット」の影に隠れていき、最後には完全に見えなくなる。

 
(左)ギザギザが一列に並んだらますますドラゴンだが・・・   (右)だんだんくっついて・・・

 2本のツノが消えちゃった

 やがて島で最初の寄港地、ゲンティン村に着いた。ここで下船し、小さなボートに乗り換えて、ゲンティン村の南数kmにあるニパーというところへ向かう(ゲンティンとニパーの間に道はない)。
 ニパーには質素なシャレー(宿泊小屋)がいくつか並ぶ地味なリゾート施設が1軒だけある。

 ニパー海岸からの耳セット

 当初は「角セット」のツインピークスに近いムクッ村に行くつもりだった。でもメルシンの旅行社のおばちゃんに聞くと、「ムクッは石の浜よ。砂浜のきれいなニパーはどう? ニパーからでも山には行けるはず」とおっしゃた。
 ニパーは「耳セット」のドーム型+小岩峰に近い。
 たしかに今回は息子(中1)も一緒で、彼は砂浜のほうが嬉しいだろう。それに角セットの岩峰に素手で登れるとも思えんし・・・と考え、おばちゃんの意見に従うことにした。ドーム(たぶんドラゴン頭部4山の主峰)の頂上に立てたら、鋭い角セットが眼前に迫るものすごい景色が見られるに違いない。

 ニパーに着いて山を見上げると、平和なシルエットのドームの横で小岩峰がグイッと上を向いているさまが、なんとも不思議で印象的だ。両者の関係は広島の烏帽子岩山を大きくしたような感じだな。
 小岩峰と言っても、近くで見ると登攀意欲がそそられる立派なものだ。宿の若いマレー人に「あの岩はなんという名前?」と聞いたが、わからないらしい。そこへニパーで一番の長老が現れ、こう言った。
 「あれはライオンロックじゃ。左側が頭、右側が尻尾に見えるじゃろう」

 
(左)ドームとライオンロックからなる「耳セット」   (右)ライオンロック拡大。ちゃんと目も口もある

 言われてみれば確かにナナメ後方から見た雄ライオンに見える。それじゃドラゴン伝説はどこへ行ったのかという気もするが、長老の意見に逆らってはいけない。
 ライオンロックは、ドームとの鞍部に出て背後からアプローチすれば登れそうに見える。

 俺は長老に、「あの岩には行けるのか?」と聞いた。すると長老はこう言った。
 「行ける。ラグーンの向こう側は乾いていてトレイルがある。しかし森の中は暑い」
 なんと、道があるのか! これは有難い。地図はないけど、見た感じさほど複雑な地形でもなさそうなので大丈夫だろう。

 さっそく翌朝9時、息子を残して山へと向かった。
 英語能力ゼロの息子を一人で置いていくのは心配だったが、彼はズボンの下半分(取り外し式)をシンガポールの宿に忘れてきたので仕方がない。半ズボンでジャングル探検なんかしたらエライ目に遭うに決まっている。

 
(左)ビーチの裏にあるラグーン   (右)やや不安な雲行き

 教えられたとおりにラグーンの左側を回りこむと、草地に細い道らしきものがついている。これだな。道はすぐに森に入り、登り坂になる。たしかに蒸し暑いが、日本の梅雨時の山とさして変わらない。これなら行けるぞぉ。
 いったん伏流水になった谷を渡り、すぐまた登る。

 
(左)いい道やん   (右)熱帯雨林っぽくなってきた

 
(左)よっしゃ来い!   (右)また谷に出た。正面の木の幹に青いプレートがある

 10分ほどで再び谷に出た。大きな石がゴロゴロした谷で、取水用の細いパイプが何本か設置されている。宿で使っている水はここから取っているんだな。
 しかしここでルートがわからなくなった。中央の木の幹に青いプレートが取り付けられているが、文字は完全に消えている。
 海辺で方角を調べたときは、山はほぼ東南東だった。そしてこの谷はだいたいその方角に食い込んでいる。
 そこでとりあえずこの谷を遡ってみることにした。だが登るにつれて石はどんどん大きくなり、一つ一つ乗り越えるのに時間がかかって仕方がない。
 しばらく登ったところで前進困難になった。これは登山ルートとは違いますなあ。

 
(左)岩から岩へピョンピョン跳んでゆく   (右)この先を詰めるには1日かかりそう

 周囲にルートはないか慎重に探りながら谷を下り、結局さっきの青いプレート地点まで戻った。そこでさらに丹念に調べたら、最初に谷に出た場所からそのまままっすぐ沢を横切った地点に、しっかりした踏み跡があるのを発見した。こいつだ!

 
(左)やさしく石を抱く木の根   (右)道を見つけたぞ!

 喜び勇んで登ってゆく。
 少し切り開かれた場所を通過して再び森の中の斜面にさしかかったあたりで、なんと道の脇にロープまで登場した。もう間違いない、さっきの谷でのロスタイムを取り戻そう。

 
(左)ここを登れ、と言わんばかりの設置ロープ   (右)小屋の残骸のようなものがあった

 しかし、俺の勢いはここまでだった。
 幅の広い尾根地形の斜面に続いている踏み跡を辿ると、周囲の木々の幹にペットボトルを切ったものが一つずつ取り付けられているのに気づいた。その少し上で幹にナイフによる切れ目が入っていて、そこから出た粘性の高い樹液をペットボトルが受けている。
 もしかして、これが中学校の地理で習った「ゴムのプランテーション」か? でもゴムの木ってこんなんやったかな。確かめようにも木が高くて葉の形が判然としない。

 まあそれはいいのだが、ここで急に虫が増え始めた。羽根アリかジガバチのような1cm程度の黒い虫がたくさん俺にたかってくる。うひゃ、この数は日本では未体験だ。手で追ってもほとんど逃げず、メガネの左右両方に1匹ずつとまっている状況。
 しかもこいつら、首筋をガブッと噛んでくる。幸い毒はないらしく後で痒くもならなかったが、噛まれると皮膚がちぎられて痛いがな。

 
(左)ゴム?   (右)道がなくなってきた

 しかも悪いことに、道が消えてきた。そして地形は幅の広い緩斜面。登る時は上へ上へと登ればいいだろうが、下りでは迷いそうな地形だ。目印テープかリボンを持ってくるべきだった・・・。
 地図の代わりに、海辺から撮ったデジカメ写真を見て地形を確認しようと思ったが、立ち止まると虫の攻撃がもう最悪。撮影済み写真の中から目的の写真を探し出すわずかな時間すら与えてくれない。噛むなっちゅーんじゃコラァ!

 負けた。虫に。それに思ったより時間がかかりそうで、残してきた息子のことも気にかかる。
 ニパーの宿を出て50分、撤退の最短記録更新だ。そして下りはわずか10分だった。

 汗をかいて浜辺へ戻ると、ハンモックでのんびり本を読んでいた息子がこう言った。
 「あれ? もう帰ってきたん?」
 日本の病院では「3時間待ちの3分診療」が問題になっているが、今回の場合、3日がかりの1時間終了。ははは、恥ずかしくて人にも言えぬわい。雌ドラをなぐさめるどころか、カル〜クあしらわれちゃった。
 翌日に再チャレンジしようかとも思ったが、山から下りたあと海で泳いでサンゴで足の裏を切ってしまい、それもかなわなくなった。

 あの虫はどこにでもいるわけではない。あの一帯を通り過ぎればいなくなった可能性もある。でももし頂上までずっといるとしたらしっかりした防備が必要になるだろう。
 今回は熱帯雨林の探検に関して重要な教訓を得た。

 @虫対策。養蜂家のような顔面保護ネットがあれば完璧だが、網戸用の網を切って筒状に丸めたようなのをかぶってもいいだろう。服装は、ここの虫は噛むけど刺さないので長袖Tシャツでも問題なかった。でも虫除けスプレーがあればより快適と思われる。
 A帰り道対策。発展途上国のくわしい地形図は入手困難なことが多いので、ジャングルの中を行き当たりばったりで登ることになる。その場合はやっぱり目印テープかリボンが必要。

 まあそういうものを何も用意してないところが俺様のマヌケなところだな。上の@Aがあればきっと登れた気がする。
 ただし、ここではヤマビルや毒虫、毒蛇などには出会わなかった。よそのジャングルではそういった問題もあるに違いない。
 ともかく、全然登ってないのに長々読ませてスマンかったけど、俺としてはいろんな感触がつかめたおもしろいトライだった。

 なお、さっき「くわしい地形図は入手困難」と書いたが、帰国後、こんなすごいページを見つけた。等高線は入っていないが、ティオマン島に関しては谷筋がかなり細かく書かれている。これを事前に持っていれば心強かったのになぁ・・・!  (07.3.29)

 再チャレンジしたい・・・また行くか・・・

 →ティオマン島の旅行記はこちら



【この山の名前について】

 初めてこの山の存在を知ったのは、マレーシア在住の知人にもらったパハン州の写真集(洋書)。その本にこの山の写真が載っていて、「伝説のドラゴン・プリンセスの耳、Bukit Batu Sirau と Bukit Nenek Semukut」と書かれていた。

 だが『地球の歩き方・マレーシア』に載っているティオマン島の地図を見ると、島南端のムクッ村のそばに「Bukit Batu Sirau」と「Bukit Simukut」という2つの山印があり、「ツインピークスの岩山」と書かれている。つまりこれが本文で書いた「角セット」のことだろう(Bukit はマレー語で「丘」ないしは「小さな山」を指すようだ)。
 そしてその西隣に、「Bukit Nenek Semukut」という山名が書かれている。これが今回登ろうとした「耳セット」ことドーム+ライオンロックのことっぽい。

 つまり先の写真集はこれら2つのセット(4ピーク)を「イヤーズ・オブ・ドラゴン」としているのだろう、と俺は考えた。とりあえず。
 だがネット上の情報によっては、「角セット」のツインピークスのことを「Bukit Batu Sirau と Bukit Nenek Semukut」としているものもあって、これまでに出てきた3つの名前「Bukit Batu Sirau」「Bukit Simukut」「Bukit Nenek Semukut」がそれぞれどのピークを指すのか混乱している様子が伺える。
 俺も未だにわからん。

 ほかに、「Bukit Nenek Semukut」ではなく「Gunung Nenek Semukut」と書かれている資料もある。Gunung は Bukit よりも大きな山を指すらしい(だってマレーシアの最高峰もティオマン島の最高峰も Gunung だから、きっとそうなんでしょう)。

 そんなわけで正確なところは定かでないが、とりあえず今回の「耳セット」ことドーム+ライオンロックについては『地球の歩き方』から「Bukit Nenek Semukut」を採用し、Gunung か Bukit かも定かでないので「ネネッ・セムクッ山」とごまかした。

 標高もよくわからない。島の最高峰 Gunung Kajang が1049mだから、それ以下であることは確かだが。「ツインピークスは747mと659m」という情報もあるから、このドラゴン頭部で一番高そうなドーム型の頂上は750〜800mくらいではないかと。

 正しい情報をご存知の型はぜひこちらのメールへ教えてください。

「ふしぎ山」トップホーム