ふしぎ山
次郎丸嶽 じろうまるだけ
熊本県上天草市、397m

 この山に登りたいがために、はるばる天草諸島までやってきた。
 どうです、この打ち寄せるTSUNAMIのごとき岩壁。九州本土の八代からも不知火海を挟んでよく見える、まさしく山岳界のビッグ・ウエンズデイである。

 町村合併でできた上天草市の市役所は大矢野島にある。そこから天草松島と呼ばれる多島海を4つの橋で渡って天草上島に上陸し、国道324を南へ数分走る。
 道が右へ急旋回したところに現われる、「九州百名山 次郎丸岳」の巨大な看板。タテ2メートルくらいあるぞ。ここまでデカイ登山口看板には初めて出くわした。どうもこの山を地域の名山として猛烈プッシュしようという魂胆らしい。
 看板に導かれて左折すると、まもなく「次郎丸岳登山者用 町営無料駐車場」まである。でも平日の今日、停まっているクルマは一台もない。

 そこからしばらく車道を歩き、のどかな西辺集落へ入る。辻辻に真新しい「次郎丸岳へ」の立て札があって親切この上ない。
 やがて谷沿いのコンクリ道は山道となり、小さな峠から尾根道に入るところには、なんと「貸し杖」まで設置されている。

 今、中高年の間で登山ブームが起きている。その中心は、「ナントカ百名山」を数えながら登る現代版のお遍路だ。この傾向が続く限り、それに選ばれた山では今後もこういう至れり尽くせりの山道が増えていくんだろう。

 
(左)西辺集落から望む堂々たる姿   (右)登山道の途中に貸し杖が

 湧き水を通過したのち道は徐々に急になり、途中で太郎丸嶽との分岐を過ぎる。太郎丸嶽は次郎丸嶽の北隣の山で、名前は兄だが標高は100m以上低い。
 やがて「いなずま返し」と名づけられたジグザグ道に至るが、名前ほどのことはない。さらにしばらく登ると「次郎落とし」と名づけられたゴツゴツした岩だらけの急坂になるが、ロープもあって危険はない。
 巨大なピスタチオの殻のような岩を過ぎると、頂上部の岩壁が見えるようになる。

 
(左)頂上付近の絶壁が見えてきた   (右)垂直です

 ウラジロのよく茂ったさわやかな稜線に出ると道は平坦になる。まもなく、こんな巨岩が立ち塞がる。

 
(左)大きな一枚岩を鎖で登る   (右)ここが頂上かと思ったら違った

 上に登るといきなり強い西風が吹き付けるが、そのかわりに、目を見張るようなすばらしい眺望が北西に広がる。深呼吸せずにはいられない。
 この日は雲が多く、正面にあるはずの雲仙が隠れていたのが残念だ。

 北西の倉江川河口の干潟、遠くに雲仙があるんだが・・・

 ここからは、下界から見えていた岩壁のへりをたどる。すぐに小さな祠が現われ、その先が頂上だ。登り始めて50分くらい。
 頂上の岩からは文句なし、360度の大絶景が欲しいままだ。しばらくは言葉が出ない。
 北には太郎丸嶽・千巌山の頭越しに天草五橋と三角半島が見える。やや左手には雲仙の裾野。東は足が震えるような断崖で、下に西辺集落が見え、広い谷を挟んで鋸嶽・白嶽、その向こうに不知火海、そのまた向こうに八代の街。天気がよければ阿蘇も見えるだろう。西には吹き寄せる雲の下に島原湾から東シナ海、南には天草上島の個性的な山々が並んでいる。

 きつい西風が、冷たい雲をどんどん吹き付けてくる。寒い。でもあまりの眺望のよさに立ち去りがたい。お茶を飲み、おやつを食べて、寒さを我慢しながら30分近く滞在した。

 さっきのニセ頂上を横から見る

 
(左)頂上は360度の展望   (右)天草松島と天草五橋、三角半島方面。手前は太郎丸嶽と千巌山

 
(左)ライオン岩が吠える。右上部は登山口の西辺方面   (右)不知火海の向こうに八代と、球磨川の河口が見える

 
(左)断崖のフチ   (右)南の念珠岳も次郎丸岳に似た形。平たい山頂の山は龍ヶ岳

 馴染みのない有明海の風景や、岩肌の露出した見慣れぬ山々を眺めていると、「俺は今、天草にいるのだなあ」とそのまんまの感慨が妙に押し寄せてくる。
 来てよかったな。
 頂上手前の祠の弥勒菩薩にも強く惹きつけられた。これまで出会った石仏の中でも、これはトップクラスの美しさだ。無宗派の俺も手を合わさずにはおれない。

 
(左)頂上手前に小さな祠がある   (右)その中の弥勒菩薩、心ひかれる美しさ

 帰りは来た道をのんびりと下る。
 整備されて歩きやすい山道はしばらくぶりだ。急坂もそこそこあり、岩場もそこそこ楽しめ、頂上では最高の眺望が待っているという、コンパクトで楽しい山。大きな看板を立てたくなるのもうなづける。

 あれほど強く吹いていた西風も、東の断崖の下側へまわるとピタッとやんだ。
 西辺集落まで下って振り返ると、次郎丸嶽の西側の緩斜面を猛スピードで這い登ってきた雲が、山頂部の絶壁から次々に大空へと飛び立っていくのがはっきりわかる。
 天草のビッグ・ウエンズデイは、じつは東シナ海を渡ってきた偏西風のジャンプ台だった。 (05.12.13)

 ウラジロの茂るさわやかな尾根をのんびり下る
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