ちょっとした旅ホーム
八重山諸島

西の果ての島々へ



2006.12.7〜13日
(沖縄県)
1日目◆石垣島:いきなりマーペー
2日目◆竹富島:うつぐみの極楽
2〜3日目◆西表島:水上ロデオの原始島
4〜5日目◆与那国島:風の国境にて
5〜6日目◆黒島:ぺったんこ牧場
6日目◆石垣島:カーラ岳と新空港建設予定地
7日目◆石垣島:名蔵アンパル、そして那覇 07.4.9
1日目◆石垣島:いきなりマーペー

 カンムリワシを見たい、という姉とともに八重山諸島へ行った。

 神戸から鹿児島まで、直線でだいたい600kmくらい。その距離を、もう一度そのまま南へ延ばしたら沖縄本島に着く。で、さらに同じ距離をもう1回南へ延ばしたあたりにある島々、それが八重山諸島だ。ようするに鹿児島×3。
 地図見てよ、台湾ギリギリ。なんでこんなとこまで日本なの? と子どもに質問されるくらい遠いわけね。

 といいつつ朝8時すぎに伊丹から飛行機に乗ったら、11時すぎには石垣空港に着いてもた。魔法やな飛行機は。
 今回、姉は石垣出身の友人(Kさん)が帰省するのに合わせ、Kさんといっしょに2時間後の飛行機で来ることになっている。それまで一人でのんびり時間つぶし。

 空港を出たら雨あがりの、もあーっとした天気。
 石垣市街地行きのバスがあったのでそれに乗った。200円。15分ほどで中心部のバスターミナルに到着した。
 石垣市は八重山の中心地、ハワイでいえばホノルルだ。にぎやかに商店・飲食店・ミヤゲ物店などが並んでいる。

 愚かな俺はここでようやく気がついた。
 伊丹を出るとき、当然のことながら俺は12月の格好をしていたわけだが、今なぜか背中もお腹もオデコも首筋も、汗でジトジトであることに。
 バス停のベンチに座っているバアサンを見たら、半袖Tシャツにゴムゾーリ。まわりもみんな半袖Tシャツにゴムゾーリ。見渡す限り、半袖Tシャツにゴムゾーリ。
 その中で俺はフリースの上からパーカーを着込んで、汗ジトジトゆわしてる。

 アホやん、俺。変態やん。

 石垣について最初にしたことは、フリースをリュックに押し込み、パーカーを丸めてコンビニ袋に入れることだった。
 しかしどう考えても28度くらいあるぞ。「日本の四季」という言葉は今後使うまい。

 体温調節をしたら、今度は空腹であることに気づいた。昼飯食おう。
 バスターミナルの周辺には飲食店がたくさんある。目に付いた沖縄そば屋に入って、ソーキそばとオリオン生を注文。くーっ、来たねえ琉球諸島、やっぱこれだよ。

 腹もふくれて人心地ついたところで、俺はもう一度、自分の格好をチェックした。
 俺はたいてい旅先では黒のトレッキングシューズにグレーのカーゴパンツをはいている。で、とりあえず上はシャツ1枚になったが、この日は山歩き用に使っているユニクロの長袖エアテックシャツを着ていて、これも色はグレー。そして迂闊にも、キャップまでグレーだった。
 周囲を見た。もあーっと脱力系の空気の昼下がり、老若男女が南国風のカラフルないでたちで思い思いにゆっくりと歩いている。花壇の植え込みにはハイビスカスが咲き、色鮮やかなチョウチョが蜜を吸っている。
 そこにたたずむ俺、全身ドブネズミ色。

 その瞬間、オノレの格好がどうしようもなく嫌になり、できるだけ派手な色のTシャツを買いたいという衝動が突き上げてきた。
 で、石垣市の中心商店街「あやぱにモール」へ。沖縄はTシャツ文化が栄えており、Tシャツ屋の数が非常に多い。

 「あやぱにモール」の中央通り

 それぞれの店のオリジナルTシャツも含め、ありとあらゆるTシャツがなんぼでもある。
 だが俺は山歩きのために長袖Tシャツがほしかった。長袖Tシャツ、それは低山徘徊主義者のユニホームといってもよい。俺は宗教は信じないが、俺の腕をトゲや毒虫から守ってくれる長袖Tシャツのことだけは熱烈に信奉している。
 でも6〜7軒のTシャツ屋を探索したが、長袖はほとんどない。あってもオリジナルデザインで高かったり、デザインがおもしろくなかったり。
 ここでは長袖なんて着る人はおらんのだな。ていうか生きていくのに長袖は必要ないのだな。

 結局Tシャツは買えないまま、姉らと待ち合わせの離島桟橋へ。ここは八重山の各島へ行く船がひっきりなしに発着するにぎやかな港だが、素朴なテントの下で寝そべって時間待ちもできる、とても雰囲気のいい場所だ。八重山観光のベースキャンプといってもいいだろう。
 しかも、埋立地に囲まれた人工岸壁にこれだけ船が出入りしながらも、海の色は美しいエメラルドグリーン。さすが八重山だ。

 桟橋の前の土産物屋で石垣ビールを買い、ラッパ飲みしながら待っているところに、姉とKさんがレンタカーでやってきた。
 この日すぐに西表島に渡るつもりだったが、夕方の船までまだ時間はだいぶある。俺は石垣島のヌスクマーペーという山に登るのも今回の目的の一つにしていたのだが、そう言うと「ほなさっそくそれに行きましょか〜」ということになった。

 車を飛ばして40分ちょっと。於茂登トンネルを抜け、裏石垣と呼ばれる北部海岸に出てさらに北上。打ち捨てられて原野に戻りつつある古い開拓地のようなところが随所にある。
 吹通(ふきどぅ)川のヒルギ群落を少し見てから、低い丘を越える。
 と、悲しい伝説を秘めた山、ヌスクマーペーの特異な岩峰が姿を現した。ひゃー、こいつは登攀意欲をかきたてられるぜ。
 で、姉とKさんも一緒に登った。頂上からは石垣島の北半分が全部見える素晴らしい展望だった。そのレポートはこちら

 
(左)吹通川のヒルギ群落   (右)ヌスクマーペー

 しかしヌスクマーペーでは思ったより時間を食い、結果的にどうあがいても西表行きの船には間に合わない時間になってしまった。初日だけ宿を予約してたんだが、いきなりのキャンセル電話。
 ま、仕方がないのでKさんの実家でシャワーをあびさせてもらってから、その親戚が経営するというゴージャスな沖縄料理店でパァーッといきましょうかい、ということになった。

 Kさんの家へ向かう途中、電柱に留まっているカンムリワシを発見し、撮影に成功した。

 具志堅用高

 そして行ったよ、市街地の北部郊外にある沖縄料理店「舟蔵の郷」。特別なお座敷もある大きな料亭だが、ここサイコー。俺は沖縄料理を馬鹿にしていた。いや、好きだから馬鹿にはしてないんだが、もっと庶民的な家庭料理みたいなもんだとばかり思い込んでいた。
 違います。上品で繊細でうまいんです。感動のあまり、「なにこれ! うっまいなぁ〜」ばっかりのボキャ貧に陥る馬鹿姉弟であった。

 
(左)ラフティ    (右)スーチカ

 そのあと姉はKさん宅に泊めてもらい、俺はひとり市街地の宿へ。
 重要文化財に指定されている琉球王朝時代の武家屋敷「宮良殿内(みやらどぅんち)」の近くにある民宿ヤーンブジーナはドミトリー形式のバックパッカー宿だが、少し離れたところに「パナリ(離れ)」という別棟もあって、そこは個室。赤瓦の民家を改築した風情ある宿で、和室4.5畳、2500円。安宿だらけの沖縄万歳だ。

 民宿パナリ・ヤンブジーナ(翌朝撮影)

 南国だけあって、掛け布団はなし。タオルケット+寒ければ毛布のみ。
 まだ宵のうちだし飲みに出ようと思いつつ、ちょっと横になったら寝てしまった。22時ごろに目が覚めたが、なんとなく面倒になったので、ビールとツマミだけ買いに行って部屋へ戻り、本を読む。
 開けたままの窓からの風が心地よい。12月なのに蚊が飛んでいる。
 備え付けのベープをつけて寝た。

 
(左)重文・宮良殿内の門(翌朝撮影)。門の内側に目隠し塀(ピーフン)があるのが沖縄式   (右)同、母屋
2日目◆竹富島:うつぐみの極楽

 翌朝、離島桟橋で姉と待ち合わせて西表へ渡る予定だったが、予定していた船便が欠航したみたいで、次は2時間半も待たないといけない。そこで予定を変更して、9時半の船で竹富島へ。

 竹富島は石垣島から高速船でわずか15分ほどの小さな島だが、家並みの美しさで名高い観光地。別の船からもけっこう観光客がゾロゾロと下りてくる。
 竹富の船着場の案内所にオミヤゲ類も売っているので、そこで派手なオレンジ色のTシャツを買い、さっそく着替えた。長袖ではないが、もういいや。(ここのトップ画像で俺が着てるやつ)

 近くに真新しい立派なビジターセンターがある。そこの職員とおぼしき男性にさそわれるままに見学し、竹富の紹介ビデオを見た。
 ずいぶんカネのかかった施設だが、他に立ち寄る人はあまりなく閑散としている。俺もこんなところで資料を見てるより、早く竹富の集落に行きたいよ天気もいいし。
 早々に切り上げて、歩いて10分ほどの集落へ向かう。サンゴ礁でできた島だから、まったくペッタンコだ。

 
(左)船着場から集落へ向かう道    (右)竹富の東集落

 竹富の集落は島の中央部にあり、3つに分かれている。まずは東集落(アイノタ)へ。
 集落に入ると、白砂の道、サンゴの石垣、赤瓦の平屋という、カレンダーや絵葉書でよく見る光景が展開される。白砂はすべてサンゴや貝のかけらでできている。というか島自体がサンゴ製か。
 自動車がいないため、静かで空気がおいしい。あたたかい。やわらかい。美しい。

 竹富は観光地だからとちょっと馬鹿にしていたが、この島の雰囲気はたしかにタダモノではない。古き良き、なんていう紋切りゼリフを使うようではモノカキとして完全失格なわけだが、じゃあ他にどう言うんだエエコラ?
 俺は各地のじじむさい町をけっこう歩いているが、「古き」はあっても「良き」を感じるところはそうない。古い町はたいてい、過疎化で寂れているか、逆に観光地化されていやらしさが漂っているかのどっちかだ。
 でもここは全然違うな。「良き」オーラが島じゅうに充満している。この景観と風土を守る協調精神は「うつぐみ」(沖縄本島の「ゆいまーる」と同意)と呼ばれてるらしいけど。

 
(左)竹富名物、水牛観光    (右)西塘御嶽、御嶽は「うたき」ではなく「うん」と呼ぶらしい

 
(左)なんと、賽銭箱の裾にマジョリカタイルが!    (右)祈祷所

 中心部から西集落(インノタ)を抜けると墓地がある。沖縄独特の亀甲墓だ。
 それを通り過ぎると浜に出た。西桟橋だ。なにこれ、この笑いが出るほどの絵葉書風景。水も冗談のように美しい。

 
(左)西集落もべっぴんさん    (右)亀甲墓

 
(左)西桟橋    (右)桟橋の先から振り返る

 泳ごうと思えば泳げる水温だ。魚たちもいっぱい泳いでいる。
 足を水につけてしばらく遊んだあと、浜沿いの道を南へ。いろんな色の花が咲きまくり、いろんな色のチョウチョが飛びまくり。ははは、なにここ。

 
(左)コンドイ浜の入口    (右)スジクロカバマダラ

 コンドイ浜から再び島の中央部へ、今度は仲筋集落(ナージ)に入る。ここは先の2集落に比べて道がややデコボコした感じだが、そのぶん脱力度は増す。
 家々の屋根にはシーサーがちょこんと乗っているが、こいつらの顔を見ているだけで脱力3割増。こんなんで魔物を払えるとはとうてい思えない。

 
(左)がおー    (右)いやーん

 
(左)がひゃひゃひゃ〜    (右)わっ、びっくりしたな〜もぅ

 
(左)幸本御嶽    (右)礼拝所の奥の森は威部(いぶ)と呼ばれる聖地のため立入厳禁

 3つの集落の境目、つまり島の真ん中あたりに、なにやらきれいな公園みたいなのがあるな〜と思ったらナント、小学校! 間違いなく俺がこれまでに見た学校の中で最も美しい。
 こんな学校だとみんな喜んで行くわな。

 
(左)花いっぱいの校門を入ると大きなガジュマルがお出迎え    (右)緑の校庭で体育授業中、児童数10名以下

 ゆっくり歩いて東集落に戻ってきた。1軒の店でちょっと休憩し、オリオン生を飲む(冒頭写真)。
 竹富島には4時間ちょっとの滞在だったが、安い民宿もあるし、今度はぜひ泊まりたいものだ。

 2時に石垣島へ戻る。八重山そばを食べて、いよいよ西表島へ。
→西表島へGO!
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