ちぎれそうなところ
串本(くしもと)(和歌山県串本町) 2009.1.15〜16
串本は「日本3大トンボロ」の一つと言われる。
砂州上に住んでいる人口では函館に次いで日本で2番目に大きなトンボロの町だ。
串本には何度か来ているが、今回はトンボロ探索に的を絞って歩いてみた。

【1日目】 真正面から見せてくれ
わたしゃ串本 両浜そだち 色の黒いは ごめんなあれ
アラヨイショ ヨイショ ヨイショ ヨイショ ヨイショ〜


 「串本節」の歌詞(7番)は、ここがトンボロの町であることを示している。
 串本トンボロから5kmほど西の串本海中公園のあたりからは、串本と潮岬の関係が遠望できる。

 
(左)平たい潮岬「半島」。右端が本州最南端の潮岬    (右)本土とのつなぎ目の低いところが串本

 平たい台地状の潮岬半島を紀伊半島本体に結び付けている低いところ、それが串本だ。潮流によって集められた砂が堆積して、もとは島だった潮岬を本土にくっつけてしまったのね。
 砂州の長さは南北500mちょい、幅は狭いところで400m弱というところ。その上に串本市街地の大半が乗っている。

 まずはそのありさまを高いところから見てみることにしよう。

 紀伊半島の外周を走る国道42号線は、串本駅付近からトンボロ砂州の東側海岸に沿って南下し、南端近くで砂州を横断して、今度は西海岸に沿って北上して紀伊半島本体に戻る。
 砂州を横断する42号線の南側に串本高校と串本中学があり、さらにその南に潮岬半島の台地が迫っている。この部分、国土地理院の地図には「掘笠島」と書かれているが、潮岬半島のことを地元ではそのように呼んでいるのかな?

 台地の上にはアンテナ類がたくさん立っている。あそこからならトンボロ砂州を真正面から見渡せるのではないかと期待して、まずは串本中学(砂州東側)近くの道路わきの山道を登ってみた。

 
(左)電波塔がたくさん立っている山「堀笠島」へ    (右)ここから登る

 
(左)尾根の東側をさらに登ると    (右)東西の狭い舗装路に出た

 串本中学の横から見えていた台地に上がったが、見晴らしのいい場所がなかなかない。あちこち探って北斜面のヤブにも分け入ってみたけど、どうもここから見える場所はなさそうだ。ここが真正面なのになあ。

 
(左)電波塔を見上げる。あの上から見たいなあ    (右)道端にシュロの大木が茂っている

 
(左)まるで熱帯だ    (右)白石の敷かれた参道の先に小さな祠がある

 
(左)潮岬半島の上の台地    (右)切干大根かな?

 歩いていたおばちゃんに尋ねると、「ここをずーっと行って散髪屋の角を右に曲がって・・・」と、どうやら馬坂への道を教えてくれている。
 馬坂は潮岬へ向かう西側道路沿いの坂道で、トンボロ砂州から700〜800m南西に離れた場所だ。そこからの眺望は串本町のホームページにも載っているけど、ナナメの角度からなんだよな。ま、あとで行ってみよう。
 市街地への坂を下りながら再び斜面からの展望を探るが、杉の植林と照葉樹林が濃密に折り重なっていて、ほとんど見えなかった。

 
(左)この祠から下る道がある    (右)樹間からわずかに見えたけど、これで精一杯

 
(左)祠からの道を下る    (右)この法面の上から見えるかな?

 下りは砂州の西側に出た。串本高校と台地斜面との間に白い大きな集合住宅があり、その台地側斜面がコンクリで覆われた法面になっている。その上からならある程度見えるかも、と思って登ってみた。
 そしたら、こんなふうに見えた。


(左)南からの串本トンボロ全景

 橋杭岩が見える

 トンボロ砂州の東側は大きな漁港になっているが、西側の南半分は自然の砂浜がそのまま残っている。
 しかしこれをあと100mほど上から見たら素晴らしい景色だろうけどね。残念だ。
 しばらく眺めてから、今度は砂州の真ん中を北の端まで歩くことにした。

 
(左)さっきいた潮岬半島の台地と白い集合住宅を振り返る   (右)トンボロ砂州の内部を南から北へ

 潮岬西入口の交差点から北側の市街地へ。民家のブロック塀に貼られた「高波注意」の看板には、この地点の海抜が7.1mと記されている。意外にあるな。

 
(左)海底の岩を切ったようなブロック塀が散見される   (右)トンボロ砂州中心部付近の交差点


 
(左)がっしりした石塀と日本家屋    (右)この樹木の茂った丘が本来の紀伊半島の末端と思われる

 写真を撮りながら狭い道をゆっくり歩いて10分ほどで、はやくも砂州北端の丘に到達した。こちら側の山も照葉樹林がモコモコと茂っていて、登ってもおそらくトンボロは全然見えそうにない。
 あきらめて串本駅の南の商店街から港へ出て、しばらく漁港をぶらついた。

 
(左)このトンネルの向こうが串本駅    (右)駅の南に続く串本の中心商店街

 
(左)トンボロ砂州の東側はすべて漁港になっている   (右)串本漁港

 
(左)大島へ渡るくしもと大橋が見える    (右)ウツボを干してある

 そのあと、例の馬坂へ行ってみた。やはりここからのナナメ角度だけが串本トンボロの唯一の眺望なのかな。
 でも夕陽に照らされるトンボロというのもなかなかの風景だ。

 
(左)馬坂の途中の展望台から    (右)さらに登ったところから

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 しかし、串本町はどうせなら砂州の真南の台地上に展望台を作るべきではないか。このおもしろい地形が自分たちの町のアイデンティティであり観光のウリにもなるということに気づいてもらいたいものだ。

 ところで、この夜は串本駅から北へ徒歩5分の「民宿くしもと」(素泊まり2900円)に泊まったが、宿の人に教えてもらった「香蔵(かぐら)」という小さな居酒屋がよかったぞ。駅から南東へ徒歩5分、42号線の1筋東にある。

 
(左)ヨロリ(クロシビカマス)の刺身    (右)タチイカ(コウイカ)
【2日目】 しつこく内部探索
 翌朝、超晴天。1月やっちゅーのに南国・串本はポカポカのぬくぬくだ。
 あまりのゴキゲンな天気に、散歩がてらに再びトンボロ砂州内部の探索へ。砂州の市街地は狭い範囲に狭い路地が錯綜していて複雑だが、こうなったら全部の路地を見てやるぞ。

 串本には無量寺という寺がある。そこに併設された応挙芦雪美術館には芦雪のすばらしい虎の絵があって、15年ほど前に来たときに見た。とりあえずその寺へもう一度行ってみよう。
 役場あたりから路地に入ったが、ぐねぐねしてすぐにはたどり着けない。歩いていると、昨日も通った小さな川に出た。
 この川は北の丘陵地から南下し、砂州に入ったあたりで東に向きを変えて港に流れ出ている。トンボロ砂州の中を流れる川というのは珍しいのではないか。

 
(左)港へ向かう東行部分  (右)北の丘から流れてくる南行部分

 10分ほど歩いて無量寺に到着した。静かな境内に青空とシュロの濃い緑が映えるのなんの。でも応挙芦雪美術館には今回は入らなかった。入館料1000円もするし。

 
(左)無量寺山門、タマシダの着生したシュロが目立つ    (右)ソテツと本堂

 ふしぎな顔のオブジェがある

 しばらく寺で写真を撮りまくってから、探索を続行する。
 いったん西の浜のほうへ出てから東に戻りつつ南下し、また路地をたぐって無量寺付近に戻り、さらに中央部を東へ抜けて港のほうへ。ほとんどの道をシラミつぶしに歩きまわったが、われながら何やってんの?

 
(左)どっしりしたブロック塀の路地    (右)狭い裏路地

 
(左)二股分かれの路地    (右)土台を嵩上げした建物もある

 
(左)砂州の中心近くに、いちばん古そうで立派な建物あり    (右)同、東側はナマコ塀が続く

 
(左)さらに東へ行くと、かつての中心街ぽい通りになる    (右)木造3階建て。ピンク壁は紀伊半島によく見られる

 中央部の交差点にあるケーキ屋

 漁港の正面からトンボロの中心へのびる狭い道の一帯に、かつて繁華街だったようなケハイが漂う。

 本州最南端の潮岬は、アフリカで言えば喜望峰であり、串本はケープタウンにあたる。ここは海の峠であり、折り返し点であり、東西をつなぐ基点でもあった。
 海上交通が盛んだった時代には南海航路を航行するさまざまな船が必ず立ち寄って、普通の港とは一味違う活気があったことだろう。

 北海道の南端中央に位置する函館もまた、似たような地理的条件にあるといえる。
 その重要な港町が2つとも珍しいトンボロ砂州に乗っていて、美しくもふしぎな景観を作っているという点が、じつにおもしろいと俺は思うのであった。

 おしまい。
トンボロの町へちょっとした旅ホーム