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 『四つの死亡時刻』 はじめに(全文)

ひろ子ちゃんへ

橋岡まり子(小児病院看護婦)

 あなたに出会ったのは、早いものでもう一二年も前になります。ひろ子ちゃん、当時の私は看護学生でしたね。あなたのことを受け持ったわけではなかったのですが、幼いあなたが脳の腫瘍のために寝たままの状態になり、そして人工呼吸器で呼吸を支えていたのを今でもはっきり覚えています。もちろん、眠り姫のように可愛らしいあなたのお顔も!  おしゃべりや、目や表情で訴えるかわりに、あなたは顔の決まった場所に小さな一つの赤い斑点を出すことで、おしっこを知らせたのですね。それを見たあなたのお母さんは紙コップで上手に受けながら、「ひろ子ちゃん、いいよ」と声をかけておられましたね。すると本当にシーッとおしっこが紙コップにこぼさずに出るのですね。ひろ子ちゃんにはちゃんと聞こえていたんですね。そしてわかっていたのですね。

 一見、反応のない子どもだからと見くびってはならないことを、人として当たり前に声をかけ接していくことの大切さを、私はあなたとお母さんから深く深く胸のそこに浸みるように学ばせてもらったのです。臨床に出て、あなたと同じような重症の子どもさんに接する時は、必ずあなたのことを思い出していました。それは患者さんを大切にすることと同時に、自分をも大切にすることであったと、今になって気づかされました。

 ひろ子ちゃん、私はあなたの存在を通して、そして今までに接してきた患者さんを通して、「脳死は人の死だ」と認めていこうとする今の社会の風潮にどうしても疑問を持たざるを得なくなりました。あなたが入院していたあの大学病院では、重症で意識がないとされながらも人工呼吸器をつけて闘病を続けている患者さんも、いったん「脳死」と診断されるや「死んだもの」とみなされ、善意の名のもとに臓器を採ってもよいことになってしまいました。

 あなたを学ぶことのできた、あの大学病院での事実です。本当に哀しいことだと思います。あなたのようにがんばり続けていた人の命が、臓器提供という善意の名のもとに奪われていくとしたら……想像するだけでも恐ろしい。そしてまた一方で、生きようとする身内の死を願う家族がいることも、この一二年間を通して学んできたことです。

 ひろ子ちゃん、あなたの健康を少しでも取り戻せたら……という私の思いは、移植を待つ患者さんの回復を願う気持ちにもつながっているものです。だからといって、どっちを助けて、どっちを犠牲にするか……なんて、システムで決めてしまってよいのでしょうか。こっちはどうせ死ぬのだから、ちょっと早目に死を切り上げて、臓器が新しいうちに、もう少しは長生きしそうな方へ移植すればいいなんて、どうしても思えない、患者さんへの思い入れが私の中にはあるのです。その思い入れはひろ子ちゃんが私に残してくださった、宝物だと思っています。

 現場にいる看護婦として、ただ一つ言えるのは、人工呼吸器がついていても、話しかけても痛いことをされてもどんな小さな反応も無かろうとも、脳波が平坦だと言われても、その人の心臓が動いている限り、その人のための医療がなされる、いのちを守る当たり前の医療に私は携わりたいということです。

 ひろ子ちゃん、私は理路整然と、「脳死」反対、「脳死」からの移植反対、と言えるだけの結論を持っていません。でも、この阪大事件を見つめ続ける中で、「脳死」移植への結論が得られたらと思っています。


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