関西の激渋銭湯
チープに極楽。生きててよかった!
【涙の廃業】和歌山県の激渋銭湯
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羽衣湯★(和歌山市)(2010年廃業)
南海湯★(和歌山市)
(2011年廃業)
新町湯★(海南市)
(?年廃業)
むらさき湯(海南市)
(2009年廃業)
布袋湯△(湯浅町)
(2015年廃業)
清水湯 (新宮市)
(?年廃業)
営業中の和歌山県の激渋銭湯
 
羽衣湯  ≪廃業≫

2010年、廃業されたもよう。
レポートは営業当時のものです。

和歌山市岡北ノ丁3
TEL  073-424-1812
【営業時間】14:00〜23:30
【定休日】日曜日


 JR和歌山駅から西へ1kmちょっと、北の新地にある大新公園の北東角。
 過去2度ほど来たときは上写真のように閉まっていて、営業時間の表示もないし、廃業してるのかも・・・と思いつつも、なんとなく気になっていた。

 
入口はそっけないけど、屋号にひかれる

 で今回また念のためにまた来てみたら・・・暖簾が出てる〜! しかも聞いたら夜は11時半までやってるって、嬉しいじゃありませんか。
 看板もなく、しかも玄関がちょっと引っ込んでいるので、やってるのかどうかは営業時間に真ん前まで来ないとわからない。

 まあともかくよかった。
 北の新地というだけあって周囲は飲み屋がいっぱい。なので、まずは酔っ払ってから満を持して入りに来た。

 
(左)暖簾のみ、そっけない   (右)でも中はええ感じ!

 暖簾をくぐると、玄関下足室は昔ながらの木の装い、それでいて非常に美しく管理されているケハイがじつによろしい。
 靴をぬいで戸を開けると、番台におやじさんが座っている(夕方のぞいた時はおかみさんだった)。

 こじんまりとした脱衣所は、適度に改装されながらも風呂屋の風情をきっちり維持する正統派。板張り床が美しく、格天井も美しく、中央に置かれた腰かけ台も美しい、気持ちのいい空間だ。
 男女壁の上が開いておらず、天井までつながっている。ロッカーはよくある白と草色交互の化粧合板アルミ枠タイプ。

 でコンパクトな浴室へと進むわけだが、これがちょっと衝撃だ。
 白地にヨモギのような植物柄が緑色でプリントされた10cm角タイルが、四囲の壁を埋め尽くしている。
 それだけなんだけど、こんな浴室はほとんど体験したことがない。タイル自体はさして特別なものではないが、これだけ徹底的に貼ってあると圧巻だ。ヨーロッパ製のサラダボウルか何かにすっぽり入っているような、なんともいえぬ美しさと気品に満ちている。
 これはいいぞ! 別にレトロじゃないけど、このタイルで★付き。

 湯船は男女壁に寄ってタイル張りの深浅のみ。浅にはジェット。湯船の周囲に大阪式の腰掛段はないが、フチのへりには黒御影が乗っている。
 反対側の壁にカランが並ぶが、桶置き段が低くて珍しい。カラン・シャワー圧よし。
 浴室の一部が脱衣所側に出っ張って、そこに流し台が設置されている。その周囲ももちろんヨモギ柄タイルだ。

 改装されて10年くらいの感じで古いものは残っていないが、とにかくしっかり磨きこまれていて、じつになんとも快適だ。小さな風呂だけど、ヨモギ柄タイルに酔いしれながら、ゆっくり浸かってゆっくり滞在したくなる。
 夜8時台、4〜5人の他客もゆっくり入っており、出るときには桶と椅子を元通りきっちりと直して出る。そうしたくなる気持ちはよくわかる。もちろん俺もそうした。

 上がりは飲み物販売ひととおり。何十年ぶりかでドリプシを飲んだ。70円。
 他客がタバコを吸い始めると、番台のおやじは静かに換気扇のスイッチを入れ、ついでに体の拭き方が不十分なまま風呂場から出てきた俺が濡らした床をモップで拭いた。俺は思わず謝った。

 シンプルで、余計なものは何もない。それを大事に、丁寧に、清潔に運営されている。いい銭湯だ。和歌山に来たらまた必ず寄りたい。 
(2009.2.23)
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南海湯  ≪廃業≫

2011年8月末で廃業されました。
レポートは営業当時のものです。


和歌山市和歌浦中1丁目4−9
TEL  073-444-0721
【営業時間】15:30〜21:00
【定休日】5の倍数の日


 和歌山市街地の南端、万葉集に歌われた風光明媚な和歌の浦。最寄り駅は紀三井寺だが、それでも2kmくらいはあるだろう。

 紀州徳川家を祀る東照宮にほど近いシナビた商店街の中に、小さな古銭湯ひとつあり。
 正面は白い四角形状態に手が加えられているが、周囲のまちなみの雰囲気と溶け合って、ただものでないケハイを発散している。渋銭ファンにはわかるはず。

 御影石を踏んで暖簾をくぐると薄べったい下足スペース。イニシエ色のガラス戸が期待感をくすぐりやがるぜ。
 中に入ると、番台にほがらかなおかみさんが座っている。ウナギの寝床的な脱衣所はチープな合板系で改装されていて、ロッカーもアルミ。でも板張り床が足裏に心地よし。

 浴室へのアルミ戸を開けた瞬間、脳髄がぼあ〜っと上気する。ぼあ〜っとくるんだよ、ぼあ〜っと。ようするにメタクソ古いわけや。
 床はモロチン、もとい、モチロン石畳。隙間はピンクのタイルで埋められている。

 んでもって中央にデンとある湯舟も石造りなんだが、これがまた古いのなんのって、石が部分的に茶色く変色しとるがな! しかもその変色っぷりがまるで一幅の南画のごとき味わいだ。この色あいは普通の絵の具では出せんぞ。
 湯舟の周囲には大阪式の座り段がない。床からズバンと立ち上がる石湯舟が感動的だ。湯舟に水を注ぎ込む野太いパイプと蛇口もまた渋い。
 奥に並んでもう1槽、こちらはタイル張りの浅風呂気泡つきだが、へりの黒タイルがまた質実剛健テイストで捨てがたい。

 お湯は熱いがやわらかい。これぞ銭湯、ザ・ベスト。
 いや〜、いいよ、ここ!

 壁は腰高まで緑色の2cm角タイル、その上は白タイル。奥壁には岩を模した石板があしらわれている。
 男女壁には、駿河の浜辺から眺める富士山のタイル絵がある。タイル84枚、なかなかの秀作ではないか。
 カラン、シャワーの出もよし。お客も次々とよく回転している。

 上がりは飲み物もいろいろあり。
 おかみさんに聞くと、創業は明治18年、現在の建物は大正13年くらいに建て替えたものだそうだ。浴室の床や湯舟はその当時のものだが、富士山のタイル絵は「もうちょっと新しいかも」とのこと。

 和歌山駅や中心部からは遠いが、旅情あふれるまちなみともども、訪れる価値は高い。特に石の湯舟の渋さは、他ではちょっと味わえないものだ。
 おかみさんの人柄もナイス。常連客もみなフレンドリーで脱衣所の居心地もよろすい。
 バス停は「和歌公園」が近い。  
(2008.5.23)
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新町湯  ≪廃業≫

廃業されました。
レポートは営業当時のものです。


海南市日方1272−2
TEL 073-482-0526
【営業時間】15:30〜21:30
【定休日】2・6・10・14・18・22・26・30
 (4日に1回休み・・・月によって異なるかも)
【料金】340円


 海南っちゅーところは街の規模の割に渋い銭湯がたくさん残っている。その中で、ひときわ異彩を放つスーパーレトロ銭湯として名高いのがここ。

 海南駅から北西に徒歩10分弱ほど。市民病院の向かいに、古い銀行か何かを思わせる洋館あり。むむむぅ、でかい。堂々。立派。
 あちこちに配された猿や天使の装飾が、隠れキリシタンの秘密結社か銭湯カルト教団の総本部を思わせる。

 
(左)全景(開店前)   (右)無言で歴史を物語る玄関

 
(左)りりしいエッジ   (右)ナナメ後ろから。看板建築でなく本物の洋館

 
(左)猿は温泉の使者を表す(ウソ)   (右)天にも昇る心地よさを表す(ウソ)

 昼にまず場所と営業時間をチェックし、夕方に暖簾の下りた状態の写真を撮りに戻り、そして夜になってから入浴に来るという万全の一日3回訪問態勢で臨んだ俺、まさしく銭湯カルト狂信者。もう誰もかまわないでくれ。

 で夜、もうクタクタで倒れこむように暖簾をくぐる。
 その瞬間、ただならぬ古代の霊気が俺を金縛りにする。
 まさに銭湯界の最終兵器。なにこれ、この重々しさ、このヒストリカル。トロイを発掘したハインリッヒ・シュリーマンの興奮が今、ここに蘇る。

 
(左)タイル張りの上がりがまち   (右)下足室に番台スペースが突出

 
脱衣所入口、周囲の木にもすべて洋風装飾

 身震いしながら黒光りの玄関スペースで靴を脱ぎ、やさしく揺れる第二の暖簾をくぐると、どっひゃぁ〜〜。まさに銭湯界のクレタ文明が今ここに生きている!
 この番台・・・この造り・・・かなり広い空間のすべてが古代遺跡状態。まさに銭湯界のカッパドキア文明が今、奇跡のベールを脱いだ!

 
(左)番台前のナナメ小部屋は元電話ボックスらすい  (右)下足室は脱衣所内に突出

 
天井の随所に見られるメソポタミア文明の遺跡

 
(左)ロッカーは「いろは」が打たれた透明フタ  (右)右のアーチの向こうが浴室、左は中庭

 言葉を失った俺が番台の主に尋ねると、昭和元年の建物だという。1925年、ちょうどアレキサンダー大王がペルセポリスを陥落させた年である。

 7時半、俺のほかにお客はいない。俺は古代遺跡でスッポンポンになる幸福に打ち震えながら、タオルと石鹸を携えて、浴室へと続くキリキア門のアーチをくぐった。
 浴室手前に中庭あるが、もはや庭として飾られておらずツワモノどもが夢の跡、シランだけが茂っている。

 そしてフルチンの俺はついにモヘンジョダロに足を踏み入れた。すぐ右手にタイル張りの流しがある。
 浴室もかなり広い。天井は男女共通の高い四角錘で、中央に湯気抜き。
 カラカラ帝が使用したと思われる湯舟は隔壁寄りに深浅、こまかい豆タイルがびっしり張られている。

 奥壁近くに、異様に浅い小さな湯舟がある。幼い王子たちがここで湯を浴びたのだろう。ここはリスの置物から湯が出るようになっている。
 その右の壁には水槽がはめ込まれ、金魚がたくさん泳いでいるが、水槽の表面ガラス内面に生えたコケで見えにくいのが残念。

 さらに反対角には大きな石を使った岩風呂がある。驚いたことに、岩風呂のフチの岩に緑色のコケが生えている。しかも岩が緑色になっている程度のものではなく、谷川などに生えているしっかりしたフワフワ本物のコケらしいコケだ。生えて軽く2000年は経過しているだろう。湯がかかるのに枯れないのは、現代人には想像もつかない古代の魔法が作用しているに違いない。

 これら金魚水槽から幼児風呂、岩風呂にかけての部分の床は一段高くなっており、珍しいことにコンクリ床に玉石が多量に埋め込まれている。この玉石は古代シュメール遺跡で発掘されたものと同じものと思われる。

 湯はすべて同じ温度でかなりぬるめ、41度あるなしだ。
 それぞれのカラン前に椅子と桶がきちんとセッティングされているのがめずらしい。プトレマイオス2世の流儀と言われている。
 カランまわりにも豆タイルがびっしり張り込まれ、シャワーもある。だが出入り口横の立ちシャワーは機能していない。タイルに浮き出た地層から判断すると、ベスビオ火山の噴火時に破壊されたのだろう。

 上がりはちょっと変わったお風呂ドリンクなどもあり。
 岩風呂に生きるコケの秘密について番台の主に聞くと、こういう答えだった。
 「あの岩は生きている。湯がかかってもコケは枯れず、丸坊主に掃除してもまた生えてくる。だから、あの岩がほしいという人もいる」
 やはりアステカの秘術が使われているようだ。もはや俺ごときの俗人の詮索は通用しない。

 古いが、全体的にきれいに維持されている。文化遺産を守らねばという番台守の執念だろう。感動せずにはいられない。
 帰りがけに他客が一人来た。先行き安心できない状況だ。
 銭湯ファンにとって重要なことは、この貴重な銭湯を次世代までいかにして守りぬくかということだろう。もう義務だな、ここへ行くのは。 
(2005.9.9) →海南旅行記
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むらさき湯 ≪廃業≫

2009.2.24、休業中を確認。
その後、廃業されたもよう。
レポートは営業当時のものです。


海南市藤白
TEL ?
【営業時間】16:00〜21:00ごろまで
【定休日】2・6・10・14・18・22・26・30
 (4日に1回休み・・・月によって異なるかも)


 熊野古道の入口にポツンとたたずむ、タウンページにも載っていない秘湯だ。

 海南駅から南へ、熊野街道の古いまちなみを歩く。内海湯の前を通り過ぎてなおも進み、駅から1kmほど来ると山際のJR線路が迫ってきて、あたりは町外れの様相を呈してくる。
 そのとき右手にポツンと煙突登場。むむっ、あの屋根の湯気抜きはまぎれもなく銭湯ではないか。
 トタン張りにモルタルのチープな建物だが、銭湯ファン心理をどうしようもなくくすぐる鄙びの外観。でも暖簾は出ていない。もしかして、すでに廃業しているのか・・・こんな町外れの人家も少ないところだしなぁ。

 とりあえずその場を離れて先へ進む。JRの下をくぐると藤白神社、その先は未舗装の熊野古道が続いている。有間皇子が暗殺された藤白坂の途中まで登って海南の町を眺め、ひと汗かいて元の道を引き返す。
 すると、この銭湯に暖簾がかかっていた。
 もうこれは入るしかないでしょう。

 
チープ&ヒナビ

 暖簾をくぐると木の下駄箱、意外にもちゃんと鍵がある。
 戸を開けると、簡素な木の番台におやじが座っている。
 脱衣所はさわやかな板張りで、中央の木枠に長方形の籠8つがきちんと並べられている。
 先客の気配がない。時計を見ると4時5分、「開いたとこですか?」とおやじに聞くと、そうだという。一番風呂だ。あぁ、一番風呂。何年ぶりだろう!

 ロッカーは昭和的合板もので、これにも鍵がほぼきちんとついている。そしてクーラーが効いており、なおかつ天井ファンも回転中。見渡すとベンチとマッサージ機と体重計があるだけで、他に余計なものが一切ない。古いが、きちんと手入れされ整頓された気持ちのいい空間だ。
 ふむー。周囲の田舎っぷりと外観から濃厚系を想像したんだが、これはいい意味で予想が外れたな。

 誰もいない浴室へ。
 こじんまりしたスペースに、湯舟は男女隔壁寄りに深浅1つのみ。こまかいタイル張りで、周囲に座り段がある。
 湯は41度台かな、ぬるめだが地下水のいい香りがする。やわらかな肌触りの良水質だ。このお湯に一番風呂かー、うひっ。このしあわせをなんとしょう。

 ジェットも気泡もなく、浴室は静寂そのもの。
 首まで湯に浸かって見上げると、トタンの天井は男女それぞれが四角錘で、それぞれ四角い湯気抜きが空いている。
 壁上部の窓からは、真っ青な空に純白の入道雲が立ち昇っているのが見える。

 やわらかな良質のお湯。ピカピカの一番風呂。窓から青空と入道雲。
 幸福独り占め。

 カランまわりも豆タイルがびっしり張られている。湯圧弱いがシャワーもあり。
 10分ほどすると60歳くらいの他客が一人、その5分後にまた1人。僕が出るまでに出会ったのはそれだけだった。
 上がりは飲み物もアリ。

 辺鄙、古い、客少ないが、清潔できちんとした印象のプチ銭湯だ。店主の愛情を感じないわけにはいかない。熊野古道の入口で、ぜひ末永くお湯を沸かし続けてくださることを願う。
(2005.9.9)
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布袋湯  ≪廃業≫

2015年夏に廃業されました。
レポートは営業当時のものです。


有田郡湯浅町湯浅1143 →地図
【営業時間】16:00〜19:00(水曜は18:30)
【定休日】日曜日


 今の、今の物語ぢゃ。
 紀州湯浅は醤油の町ぢゃ。煙突が立ち並ぶ古いまちなみを熊野古道が貫いておるのぢゃ。
 その街道沿いの一画に1軒だけ残った銭湯、それが布袋湯ぢゃ。重々しいレンガのアーチをくぐった瞬間、人はみな普段とちがった世界へといざなわれるのぢゃ。

 
(左)狭いタタキに履物を脱ぎ捨てる   (右)女湯に置かれた腰掛

 
脱衣箱には花の名前が書かれている

 らん、だりや、つばき、きく・・・油の練りこまれたような味わいの脱衣箱には、番号のかわりに花の名前が書かれておる。これは近くに新地があった時分に、ここへ入りに来た芸者さんたちの名前なのぢゃ。
 どうぢゃ、マブタを閉じれば浮かんで来んかいのう。この狭い脱衣場が日本髪の芸者さんたちで賑わう、華やかで匂い立つような光景が。

 この銭湯には当時の名残がそこここに見られるわい。浴室入口の上の色ガラスなんかもそうぢゃ。

 
腰かけの段が低い

 浴室は細かなタイル張りぢゃ。剥げたところをいろんなタイルで補修してツギハギだらけぢゃが、それもまた考えようによっちゃあ趣があるでのう。
 カランのレバーは「湯」「水」と掘り込まれた金属製のものがいまだに現役ぢゃ。

 ほれ、湯に浸かってみい。ちょいと熱めぢゃが、気持ちよかろうて。古い風呂ぢゃが、開店直後は地元の年寄り連中であんがい賑おうとるわい。

 今の、今の物語ぢゃ。 
(2009.2.23)
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清水湯 (廃業)

廃業された模様です。
レポートは営業当時のものです。
(桶太郎さん情報感謝!)


新宮市相筋2丁目4−9
TEL : 0735-22-3874
【営業時間】14時〜21時
【定休日】水曜日と日曜日
【料金】大人390円


 べつにそうイニシエっぽいわけでもなく、なにがどうということはないミニ銭湯だが、立地があまりに渋いので紹介しておきたい。

 世界遺産、熊野速玉大社を左側から裏手に回り、そのまま狭い道を500〜600mずーっと進むと、小さな看板が見えてくる。駅からは3km近く離れているだろう。
 あたりは千穂ヶ峰と熊野川に挟まれた古い住宅地だ。ちなみにその道をそのまま進むと、まもなく突き当たって道は消える。

 
(左)矢印に従って狭い路地を入る   (右)あそこだ!

 ただでさえ地方銭湯は廃業ラッシュで風前の灯なのに、こんなに市街地から離れた辺鄙な場所で、小さな銭湯がこつこつと営業を続けている。
 その奇跡的事実に感動しないわけにはいかない。

 外観や内部は小奇麗に改装されていて、ボロさはない。とても小ぢんまりしていて、番台には感じのいいおかみさんが座っている。
 浴室は、男女壁に接して小さな湯船が一つきり、ジェットが2つ噴出中。反対壁にはいくつかのカランが並び、生活銭湯としては十分だ。室内は清潔感にあふれている。

 熊野の地の町外れ、千穂ヶ峰と熊野川に抱かれながら、ポツーンと忘れ去られたような小銭湯に浸かる。
 終始貸切だった。充実の深い嘆息。最高の贅沢がここにある(注:マニアだけ)。 
(2009.1.15)

 
横に燃料の薪が並ぶ
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