ちょっとした旅ホーム
観光都市の光と影



(岡山県倉敷市)
2005.4.3
 倉敷は有名な観光都市だが、大原美術館のある美観地区やチボリ公園のある倉敷駅周辺以外に、もっと壮絶に渋いところがあった。しかもまったく観光地化されておらず、訪れる人もない。歴史の片隅に忘れ去られ、黙って埋没しつつある町。
 それは中心部から南西へ約15km、かつて北前船で栄えた港町・玉島だ。
 まちなみだけでなく、地形も興味深い。なぜこんなすごいところに誰も気づかないのか。
 といいつつ、訪れてからまたもや1年近くが経過してしまったんやけど・・・憶えてる範囲でメモっときます。(06.2.10)
いわゆる美観地区周辺
没落のふしぎ港・玉島

いわゆる美観地区周辺

 倉敷へは何度か来ているが、いわゆる「美観地区」をじっくり歩いたことがない。そのミもフタもない恐るべき「地名」が俺の足を遠ざける。
 で観光目的のこの日も真っすぐ美観地区へは向かわず、まずは銭湯探索がてら、中心街の西側にある川西町へ。
 第一チェックポイントの橘湯は、なかなかレトロな洋館風。表に出ていたおかみさんに聞くと、築80年だという。夜に入りに来ることを決意しつつ、その周辺の町をぶらぶら歩く。
 このあたり・・・ちょっと、いいやん。美観地区まで数分の場所だが、濃厚にイニシエ風情が残る。観光化されておらず、地元の日常生活感が漂っているのがさらによい。

 
このあたり、かつて遊郭があったらしい。古い建物だらけだが、生活感のあるまちなみ

 そして駅から続く大通りを渡って「美観地区」へ。なんとなくメインの倉敷川沿い地域を迂回して鶴形山へ登り、町を一望する。それから南側へ下り、アイビースクエアの裏を回りこんで、ようやくメイン地区へ。
 われながら、まわりくどい。有名な場所だが、いちおう写真を撮って歩いた。

 
(左)鶴形山の阿知神社から南の眺め   (右)本町のまちなみはかなり渋い

 
(左)いがらしゆみこ美術館   (右)アイビースクエアの裏(東)側

 
(左)アイビースクエア南向かいには、こんな強烈アンティーク屋あり   (右)アイビースクエア西側正面

 
(左)路地にあふれる観光客と土産物屋   (右)白壁の路地

 
(左)美観地区の中心、倉敷川沿道   (右)本日はお日柄もよかったらしい

 
(左)そして大原美術館、道行く人は全員観光客   (右)たしかに美観ではある

 そういや日曜日だった。どうりで人が多いはずだ。花嫁行列まで出てるし。
 団体旅行でやってきたオッチャンが、川のほとりのまちなみを見回しながら、「ほえー、ええ街っちゃなぁ!」と感嘆の声を上げている。
 たしかに、徹底的に整備されたまちなみは美しい。だが、限定された「美観地区」の中だけを観光客だけがゾロゾロ歩き回り、観光客だけ相手の店だけが立ち並ぶさまは、まさにテーマパーク。生活感ゼロ行進。

 とりあえず、観光客だけ相手のうどん屋で、観光客の一員となってうどんを食った。まあまあうまい。ビールも飲んだ。
 腹もふくれて店を出たが、どうも落ち着かない。まあカップルやグループで行楽に来たのならそれなりに楽しめるだろうけど。
 ひたひたと押し寄せる、「ここは俺のいる場所じゃない」感。もう俺は普通の女の子には戻れないのね・・・。

 もう1軒、えびす湯の前を通って駅へ戻り、場所を変えることにした。

没落のふしぎ港・玉島

 列車で西へ2駅、高梁川を渡って新倉敷駅で下車。新幹線も停まる駅だが、田んぼと新興住宅地に囲まれた場末感ただよう場所だ。
 ここから南へ3kmほど離れた場所にある玉島地区は、江戸時代に北前船の貿易港として繁栄した港町。ちょっと地形が複雑でおもしろそうだし、銭湯も何軒かありそうなので、行ってみることにした。
 バスもあるが、これくらいなら迷わず歩くのさ。

 新倉敷駅周辺はまっ平らな平野だが、このへんは江戸時代に備中松山藩によって干拓された場所らしい。それ以前は高梁川の河口域に位置する広大な干潟で、玉島地区は文字通りその沖に浮かぶいくつかの島だったようだ。
 駅周辺は郊外商業地・住宅地として開発されつつあり、直線道路がビューッと伸びている。こういうところは歩いていてもちっとも面白くない。

 1.5kmほど歩くと、右手に小さな丘がポコポコといくつか並んでいるのが見える。近くに七島というバス停がある。なるほど、かつて海だった時代はこの丘たちは七つの小島だったわけだな。

 
七島のうち最東端の島のあと

 もう少し進むと、左手にふしぎな池が見えてくる。かなり広いが、ずいぶん浅そう。一部は干潟化していて、サギや鴨がエサをとっている。底なし沼系だ。これこれ、このドロ沼こそが俺にふさわしい。
 地図を見ると「溜川」とある。幅300mはあり、川という名だが流れている様子はない。
 これはきっと、400年前に本土と玉島の間に広がっていた干潟の名残だな。ここは今も潮汐の影響を受けているんかな?
 この地域はすでに高梁川とは切り離されており、遊水地として残されている感じでもないんだが。

 
溜川、夜は怖そう・・・。周囲は宅地化が進んでいるので、近い将来に埋められてしまうのかもしれない

 こういうワケのわからない沼地は今や貴重だ。ますます期待に胸がふくらんでくる。
 500mほど進むと溜川はすぼまって普通の川になる。国道429を超えてさらに進むと、こんな水門跡があり、新橋という橋がかかっている。この先が、江戸時代の港湾都市・玉島だ。

 
新橋と古い水門跡

 橋の南は川幅がまた広がって、池のようになっている。

 
(左)溜川の広がり   (右)川岸の長屋

 玉島の地形は複雑だ。これをうまく説明するのは難しい。

 地図を見ると、玉島地区の南に接して、東西に2つの小高い山がある。東は乙島、西は柏島とあるから、これらはかつて浅海の出口あたりにあった島の名残だろう。
 この2つの山に挟まれた低地の中央に、直径数十メートルほどの小さな小さな丘が盛り上がっている。今は周囲すべて陸続きになっているが、おそらくこれが元々の玉島だったのではないか。丘のてっぺんには羽黒神社があり、ここがかつて栄えた玉島港の中心地だったようだ。

 現在の玉島には、北東から溜川、北西から里見川が流れ込んで合流し、Y字を形成している。街はそのY字によって、江戸時代から大きく3つの町(島)に分かれていたようだ。わかるかな〜?(ヤフー地図
 左右の川に挟まれたYの上部が、羽黒神社のある新町(現在は玉島中央町)。この町は干拓地と外海とを隔てる堤防上に築かれたものらしい。

 
新町のまちなみ

 まずは新町をうろつく。むっ、これは・・・濃厚に漂う、激ヒナビのオーラ。江戸時代のままの豪勢な倉庫の並ぶ通りがあるかと思えば、昭和の賑わいの名残を感じさせる悲しき商店街があり、迷路のように入り組んだ狭い住宅地あり。
 イヤー、ちょっとここ、すごいんじゃない?
 ぐるぐる歩くうち、いつしか玉島のヘソ、羽黒神社の下に導かれる。

 
(左)羽黒神社を丘の下から   (右)羽黒神社の拝殿

 
(左)拝殿横の古い石門   (右)羽黒神社から町を見下ろす。向かいの丘は乙島

 羽黒神社の鳥居脇に、港湯という超激レトロな洋風銭湯を発見した。あまりの渋さに呆然と眺めたのち、暖簾は下りていなかったが無意識に戸を開ける。すると中でおかみさんが掃除をしている。
 「見せてもらっていいですか〜」と言って上がりこむ。内部もまた博物館状態。しきりに感心して写真を撮りまくっていると、おかみさんの昔話がエンドレスモードに突入し、結局1時間近く話し込んでしまった。

 
港湯

 でもまだ十分に玉島を歩けていないので、おかみさんに「あとで入りに来ます」と言っていったんおいとまし、玉島探索の続き。
 それにしても、しかし・・・どこを歩いてもこの町はなんちゅーか、渋いなんてもんやないわ。
 路地をジグザグに歩きながら、河口の旧玉島港を目指す。

 
(左)新橋よりひとつ下流の橋と水門跡   (右)橋を渡ると乙島側にある通町商店街、ここもたいがい・・・

 
(左)新町と通町の間の橋からの景色   (右)新町の銀座商店街、むせかえるような哀愁

 
(左)新築された現在の港水門。まちなみに合わせた白壁づくりになっている   (右)今はさびしき旧玉島港

 旧港から昭和橋を渡り、Y字の左側の柏島へ。真っすぐ坂を登ると良寛和尚が修行したという円通寺だが、手前で右折して、かつて繁栄した玉島3つ目の町、仲買町へ。
 ここはまた・・・すごいわ。江戸時代の商家や土蔵がズラーッと居並ぶさまは壮観だが、美観地区の賑わいとは対照的に、訪れる人は俺以外に一人もない。深閑としたまちなみからは何やら怨念のようなものすら感じさせられる。

 
江戸期の建物群で埋め尽くされた仲買町。歴史に置き去りにされたような景観

 
廃業銭湯もあり

 かつてこの港の繁栄に目をつけた諸大名や幕府は利権を奪い合い、玉島の3つの町は分断統治された。支配体制の異なる3町の間で対抗意識が強まるにつれ、共同で行うべき港の浚渫など大規模な作業が実行困難になって、港は急速に衰退したという。

 欲望の港と化した玉島にサンフレッチェの神様はついに降臨しなかったのだ。合掌。

 その後、港湯に戻って今度こそ風呂に入る。昭和中期の賑わいを知る地元のじいさまたちが、静かに湯に浸かっている。歩き回った足腰がじんわりと癒される。
 風呂から出ると、ちょうど新倉敷駅へのバスの時刻だった。

 玉島では、栄華の痕跡が色濃く残るぶん、その後の没落ぶりが強烈なオーラとなって町全体を覆い尽くしている。しかし、これが歴史の現実なのだろう。
 美観地区も成り立ちは似ているが、現在の姿からはその真の歴史を感じることは難しい。

 神戸へ帰る前にもう一度まちの様子を見比べてみようかなという気になり、列車に乗って再び倉敷に戻る。倉敷駅に着いたらもう暗かった。美観地区の川沿いでビールでも飲みながら町を眺めようと思い、コンビニで缶ビールとおつまみを買ったら、あいにく雨が降り出した。
 仕方がないのでアイビースクエアの建物内のベンチでビールの栓を空ける。飲んでいるうちに、寒くなってきた。

 日曜日もこの時間になると、さすがの観光地も静かになる。雨のせいもあって、外を歩く人もない。観光客相手のレストランのショーケースが、さびしげに濡れている。

 こんな雨は、きっと玉島のほうが似合うだろう。
 冷えた体を温めるため、午前中に見つけた橘湯でこの日二度目の入浴をしてから、神戸に帰った。

 おしまい。
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